土曜日。 ち○は旅館を手伝っていた。といっても、一人の仲居に付いての、半ば研修のような形であったが。 ある部屋の宿泊客は、初老の女性三人組。三人ともどこか「引き締まった」印象を受けるスポーティーな女性であった。このような表現を使っては失礼になるが、これまでち○が見てきたその年代の女性よりも、はつらつとしているように思えた。 こちらが見ていたからだろうか、三人のうちの一人、眼鏡をかけた女性がこちらに気がついた。目があったので、笑みを浮かべて会釈をすると、その女性が笑顔で言った。 「あなた、この間、すこや○市の広報誌に載っていた子ね?」 「え?」 と、ち○は記憶を探る。そういえば、一ヶ月ぐらい前に中学校に市の総務課の人が取材にやって来た。市内小中学校の運動部を取材する、という内容で、インタビュー等は顧問の教師が受け、生徒たちは実際に活動しているところや、最後に集合写真を撮るといった、よくあるものだった。ち○も広報誌を見たが、高跳びをしているところの写真が載っており、母などは総務課にお願いして、その写真データのコピーをもらいに行っていて、正直、二重に恥ずかしい思いをしたものだ。 「ええ。ごらんになったんですか?」 予約データを事前に確認していたが、この三人はかなり遠方からの宿泊客だ。市の広報誌を見る機会はないはず。 眼鏡の女性が柔らかな笑顔で頷く。 「ええ。市役所の観光案内を利用したときに、広報誌も置いてあったから、読んだの」 「そうでしたか。お恥ずかしい限りです」 恐縮して、ち○は頭を下げる。 長髪の女性が笑顔で言った。 「私たちも、若い頃、陸上をやっていたのよ」 「そうなんですか?」 「ええ。私はマラソンだけど、さとことあさみは、高跳びだったの」 二人の女性が笑顔で頷く。そして眼鏡の女性が、 「私は棒高跳びだけど、あさみは走り高跳びだったのよ」 と、短髪の女性を見る。 短髪の女性が言う。 「走り高跳びの主流は背面跳びだけれど、私はベリーロールをやっていたの」 自分の知識内の話題で、ち○はうれしくなり、身を乗り出す思いで言った。 「ベリーロールですか。私は先生から背面跳びを勧められました」 「そうね。背面跳びの方が記録が出やすいわね」 と、ち○は、しばし、あさみという宿泊客と高跳びのことで話が弾んだ。 宿泊客と、このような形で関わりが持てるというのは、おそらくほとんどない。また、リピーターというのでなければ、個々の宿泊客とは一期一会の出会いであり、交流である。 そのことを考えれば、例えこの場限りであったとしても、ち○はうれしく思うのだった。
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