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作品名:これ、絶対に書いたら、あかんヤツ。ヒープリの二次なので 作者:ジン 竜珠

第2回   語られざる物語・1−1
 土曜日。
 ち○は旅館を手伝っていた。といっても、一人の仲居に付いての、半ば研修のような形であったが。
 ある部屋の宿泊客は、初老の女性三人組。三人ともどこか「引き締まった」印象を受けるスポーティーな女性であった。このような表現を使っては失礼になるが、これまでち○が見てきたその年代の女性よりも、はつらつとしているように思えた。
 こちらが見ていたからだろうか、三人のうちの一人、眼鏡をかけた女性がこちらに気がついた。目があったので、笑みを浮かべて会釈をすると、その女性が笑顔で言った。
「あなた、この間、すこや○市の広報誌に載っていた子ね?」
「え?」
 と、ち○は記憶を探る。そういえば、一ヶ月ぐらい前に中学校に市の総務課の人が取材にやって来た。市内小中学校の運動部を取材する、という内容で、インタビュー等は顧問の教師が受け、生徒たちは実際に活動しているところや、最後に集合写真を撮るといった、よくあるものだった。ち○も広報誌を見たが、高跳びをしているところの写真が載っており、母などは総務課にお願いして、その写真データのコピーをもらいに行っていて、正直、二重に恥ずかしい思いをしたものだ。
「ええ。ごらんになったんですか?」
 予約データを事前に確認していたが、この三人はかなり遠方からの宿泊客だ。市の広報誌を見る機会はないはず。
 眼鏡の女性が柔らかな笑顔で頷く。
「ええ。市役所の観光案内を利用したときに、広報誌も置いてあったから、読んだの」
「そうでしたか。お恥ずかしい限りです」
 恐縮して、ち○は頭を下げる。
 長髪の女性が笑顔で言った。
「私たちも、若い頃、陸上をやっていたのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。私はマラソンだけど、さとことあさみは、高跳びだったの」
 二人の女性が笑顔で頷く。そして眼鏡の女性が、
「私は棒高跳びだけど、あさみは走り高跳びだったのよ」
 と、短髪の女性を見る。
 短髪の女性が言う。
「走り高跳びの主流は背面跳びだけれど、私はベリーロールをやっていたの」
 自分の知識内の話題で、ち○はうれしくなり、身を乗り出す思いで言った。
「ベリーロールですか。私は先生から背面跳びを勧められました」
「そうね。背面跳びの方が記録が出やすいわね」
 と、ち○は、しばし、あさみという宿泊客と高跳びのことで話が弾んだ。
 宿泊客と、このような形で関わりが持てるというのは、おそらくほとんどない。また、リピーターというのでなければ、個々の宿泊客とは一期一会の出会いであり、交流である。
 そのことを考えれば、例えこの場限りであったとしても、ち○はうれしく思うのだった。


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