そして、家庭科室に行くと、ちょうど引き戸が開いて、一人の男子生徒が出てくるところに出くわした。その男子は、まだ名前を覚えていないが、同じクラスだった。 夢華が声をかける。 「ああ、三宅くん。三宅くんも、試食に来たの?」 ギギギ、とぎこちなく首を動かし、三宅がこちらを見る。気のせいか、体がゆらゆらと揺れていた。 「あ、ああ、き、岸さささん」 やっぱり揺れている。声もかすれているように思う。目も、焦点が合っていないように感じるし、瞳の中に、なにやら不穏な「渦」が、ぐんぐるぐんぐる、回っているように、エミィには思えた。 「きききききみも、来たんだ、肝試し?」 「え? 肝試し? 何言ってんの、三宅くん?」 「あ、あああああああ、ごめめめめめん! ちょっと違った、人体じっけけけけけけケケケケケケケケケケ!」 後半、「たが」が外れた笑い声に聞こえた。 さすがに、夢華が不審物を見るような目で三宅に聞いた。 「……ねえ、本当に何言ってるの?」 また、ギギギ、と首を動かして、三宅が言った。 「まったりとして芳醇でいながらさっぱりとしてすっきりとした後味はきっと荒野を吹き抜ける一陣の風の如く君の舌触りがシルクのように鼻を抜けるソースの香味が星空を駆け巡る伝説の英雄の……」 もはや日本語になっていなかった。
三宅を捨て置き、家庭科室に入る。 「すみません、ギルドの紙、見てきました!」 と、夢華が伽耶から渡された、A五サイズの受付書類を渡す。家庭科部の女子部員が、なぜか微妙な笑顔でそれを受け取り、テーブルに二人を案内する。別の部員(上靴の緑色のラインを見るに三年生だ)が、紙皿に載せた料理を持ってきて、説明した。 「これは、ピザなんだけど、ピザ生地とか、トーストとかじゃなくて、餃子の皮を重ねたものを使ってるの」 一口サイズ、といった感じのピザがある。 夢華が聞いた。 「餃子の皮、ですか?」 「ええ。カリっていうのと、モチっていうのと、両方の味が一度に楽しめるわよ?」 「へえ、楽しみ〜!」 夢華は、うれしそうに一口ピザを見る。エミィもそれを見た。ベースに赤いソース、ダイスに切ったトマトや、小さくカットしたピーマン、溶けるタイプのチーズに、コーン一粒。匂いも美味しそうだ。 「いただきまーす!」 夢華が口の中に放り込んだ。咀嚼して飲み込んだ、次の瞬間。 夢華が引きつった……ように見えた。そして、さまざまなジェスチャーを始める。エミィは解読した。 「えっと。口の中が熱い? だから、ガソリンを飲んだら、火が出そう? 頭からも、火が出る?」 慣れているのか、一年生の女子部員が水の入ったコップを持ってきた。その水を一気に飲み干すと、夢華は水のおかわりを求める。これも想定の範囲内か、すでに二杯目と冷水の入ったポット(氷が入っているらしい「カラカラ」という音がした)が来ていた。 その様子を見て、いささか不安になって、エミィは聞いた。 「えっと……。このソース、なんですか?」 さきの三年生が応えた。 「ハバネロソースよ?」 「ハバ……!」 「うん。名付けて、『一口ピザ、ハバネロのロマンを乗せて』!」 「…………」 こちらに来て、昨日、いろいろと情報をチェックした。まだまだ十分ではないが、住居にしたシェアハウスで調味料ボックスの説明を受けた時に、その名は聞いた。激辛調味料だという。 「あと、ラー油と、豆板醤。餃子の皮だから、ラー油もピッタリ合うと思って」 「……味見、しましたよね?」 三年生が笑顔でうなずく。背後で、こっそりと二年女子が言った。 「先輩、激辛趣味なんだ。みんなで食い止めようとしたんだけど、気がついたら、ギルドに登録してて……」 他の部員も、困ったように「うんうん」とうなずいている。 横で夢華が、何杯目になるかわからない水を飲み干して、頭に手をやり、ジェスチャー付きで叫んだ。 「んばぁあぁぁーーーーーーーーー!! 頭の毛穴から火が出るぅぅぅぅぅ!!」
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