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作品名:○リキュア、9と10の間ぐらいのお話 作者:ジン 竜珠

最終回  
 中学校に上がってすぐの頃だった。
「いやあ、久しぶりだねえ」
 茶色い革ジャンを着た祖父・現一がやってきた。
「父さん、いつ、帰国したんですか?」
 実の問いに、現一は答えた。
「つい先日じゃよ」
 現一は、昔、刑事をやっていた。退職後は、いわゆる「何でも屋」をやっていたが、刑事時代に一緒に仕事をしたという外国の人が、向こうで探偵事務所をやっており、現一に、手伝って欲しい、と依頼したらしい。「三年だけ」という約束で、現一は無情でその仕事を手伝った。
「夢華、ちょっと見ない間に大きく……。……随分、元気がなくなったなあ?」
 首を傾げた現一に、実が「実は、ついこの間なんですが」と説明する。
「そうか、あの犬が死んだのか……」
 現一は少し、何かを考え。
「実、車、借りるぞ。わしのバイクには、タンデムシートがないからな」
 そして、現一は、北の隣町にある山の頂上まで、夢華を連れ出した。その山は、夢の木市西部にある山ほどではないが、それなりに標高はある山だった。
「ごらん、夢華」
 と、現一は眼下の景色を指さす。
 街が一望出来た。行き交う車が見えたし、いろんな家や建物が見えた。
 現一は言った。
「今、見ている景色にも、たくさんの人がいる。動物だっている。なあ、夢華? 例えば、あそこで走っている赤い車。あの車に、四人乗っていたとして。その一人一人の命が四分の一だって、思うかい?」
 現一が何を言い出したかのか、よくわからない。だから、夢華は聞き返した。
「どういう意味?」
「たとえば、あの車が交通事故に遭って、一人死んだとする。夢華は、死んだのが一人でよかった、三人助かってよかった、そんな風に思うかな? 自分のことだと思って、考えてごらん?」
 じっくり考えるまでもない、夢華は言った。
「そんなことない。一人だって、死んだら悲しいもん」
「そうだね」
 と、現一は笑顔になった。
「今、見ている景色、そこにある命は、すべて、一分の一。かけがえのない命だ。そして、命は、失われたら、もう取り戻せない」
 夢華は、思わず、肩がビクつくのを感じた。
「だからこそ、尊い。だからこそ、大切なんだよ? 夢華にとって、しろっぽは、そんな命だったんだよね?」
 涙があふれてきた。黙って、うなずく。
「そんな命が生きた証は、とても大切なものだ。思い出の場所も、大切なところ。でもね? 誰もが、そこへ行って、命と……魂と会える訳じゃない」
 夢華はうなずく。彼女は、しろっぽの魂には、会えなかった。
「でも、それでしろっぽのすべてが消えてしまったって、夢華は思うかな?」
「……ううん、そんなことない」
「そうだ。確かに、しろっぽは生きて、夢華の傍にいた。これもまた、命の別の形なんだ」
 現一がいきなり難しいことを言い始めた。夢華は現一を見上げる。
「ちょっと難しくて、厳しい話をするよ? しろっぽは、その命を生きた。そして、天に召された。でも、夢華の中にはそれが生きてる。そして、今、哀しい。でもね? そのうち、その哀しさを忘れてしまうんだ。そして、その『忘れる』ということで、人は前を向いて生きていける。でもその『忘れる』は、哀しさを『忘れる』あるいは『乗り越える』であって、命があったことを『忘れる』であってはいけない。夢華。しろっぽの命は、夢華に『命が、かけがえのない、尊いもの』だということを教えてくれた。それは決して忘れてはいけない」
 そして、現一は空を仰ぐ。
「いつか、夢華も、この哀しさを忘れる日が来る。でも。今も言ったね? 命があったことを忘れちゃいけない。もし、出来るなら。夢華、どうすれば、命の大切さを忘れないでいられるのか、その方法をサガしなさい。ただし」
 と、夢華を見て、笑顔になった。
「それは後ろ向きであってはいけないよ? 前を向いて! そう、夢や希望をサガすのと同じように!」

 茜がナイトに気がついて、見上げた。
「……おねえちゃん、だれ?」
「私? 私は、○リキュア」
「……え? あの○リキュアなの!?」
 茜が目を丸くした。
 うなずいてナイトは思った。
 自分は、祖父・現一のように、うまく勇気づけられるだろうか? 現一は、元刑事だ。テレビドラマなんかを見ても、刑事は人の生き死にに深く関わっている。おそらく祖父の言葉は、その経験に裏打ちされたものなのだ。自分の如き、小娘に何が出来るか……。
 だが、ナイトは心を奮い立たせた。
 彼女が二度とゼツボーグを生み出したりしないように、彼女の心に、希望の火を灯すんだ!
 ナイトは言った。
「もしかして、最近、飼っていたネコが死んじゃったかな?」
 茜がさらに目を丸くして驚いた。
「すごい! どうしてわかったの!?」
「お姉さん、○リキュアだから、なんでもわかっちゃうんだよ?」
 本当は、岸夢華として、先日、聞いたことだった。
 感心やらなんやら、複雑な息を漏らしている茜に、ナイトは言った。
「ねえ、命って、とっても大切なんだ。あなたの飼っているネコは、それを教えてくれたんだよ?」
 茜が、ナイトの目を見て、話を聞く体勢になった。
 ナイトは続けた。
「命があったことを覚えているのはとても大切なことなの。でも、後ろ向きじゃいけないんだよ……」


(○リキュア、9と10の間ぐらいのお話・了)


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