中学校に上がってすぐの頃だった。 「いやあ、久しぶりだねえ」 茶色い革ジャンを着た祖父・現一がやってきた。 「父さん、いつ、帰国したんですか?」 実の問いに、現一は答えた。 「つい先日じゃよ」 現一は、昔、刑事をやっていた。退職後は、いわゆる「何でも屋」をやっていたが、刑事時代に一緒に仕事をしたという外国の人が、向こうで探偵事務所をやっており、現一に、手伝って欲しい、と依頼したらしい。「三年だけ」という約束で、現一は無情でその仕事を手伝った。 「夢華、ちょっと見ない間に大きく……。……随分、元気がなくなったなあ?」 首を傾げた現一に、実が「実は、ついこの間なんですが」と説明する。 「そうか、あの犬が死んだのか……」 現一は少し、何かを考え。 「実、車、借りるぞ。わしのバイクには、タンデムシートがないからな」 そして、現一は、北の隣町にある山の頂上まで、夢華を連れ出した。その山は、夢の木市西部にある山ほどではないが、それなりに標高はある山だった。 「ごらん、夢華」 と、現一は眼下の景色を指さす。 街が一望出来た。行き交う車が見えたし、いろんな家や建物が見えた。 現一は言った。 「今、見ている景色にも、たくさんの人がいる。動物だっている。なあ、夢華? 例えば、あそこで走っている赤い車。あの車に、四人乗っていたとして。その一人一人の命が四分の一だって、思うかい?」 現一が何を言い出したかのか、よくわからない。だから、夢華は聞き返した。 「どういう意味?」 「たとえば、あの車が交通事故に遭って、一人死んだとする。夢華は、死んだのが一人でよかった、三人助かってよかった、そんな風に思うかな? 自分のことだと思って、考えてごらん?」 じっくり考えるまでもない、夢華は言った。 「そんなことない。一人だって、死んだら悲しいもん」 「そうだね」 と、現一は笑顔になった。 「今、見ている景色、そこにある命は、すべて、一分の一。かけがえのない命だ。そして、命は、失われたら、もう取り戻せない」 夢華は、思わず、肩がビクつくのを感じた。 「だからこそ、尊い。だからこそ、大切なんだよ? 夢華にとって、しろっぽは、そんな命だったんだよね?」 涙があふれてきた。黙って、うなずく。 「そんな命が生きた証は、とても大切なものだ。思い出の場所も、大切なところ。でもね? 誰もが、そこへ行って、命と……魂と会える訳じゃない」 夢華はうなずく。彼女は、しろっぽの魂には、会えなかった。 「でも、それでしろっぽのすべてが消えてしまったって、夢華は思うかな?」 「……ううん、そんなことない」 「そうだ。確かに、しろっぽは生きて、夢華の傍にいた。これもまた、命の別の形なんだ」 現一がいきなり難しいことを言い始めた。夢華は現一を見上げる。 「ちょっと難しくて、厳しい話をするよ? しろっぽは、その命を生きた。そして、天に召された。でも、夢華の中にはそれが生きてる。そして、今、哀しい。でもね? そのうち、その哀しさを忘れてしまうんだ。そして、その『忘れる』ということで、人は前を向いて生きていける。でもその『忘れる』は、哀しさを『忘れる』あるいは『乗り越える』であって、命があったことを『忘れる』であってはいけない。夢華。しろっぽの命は、夢華に『命が、かけがえのない、尊いもの』だということを教えてくれた。それは決して忘れてはいけない」 そして、現一は空を仰ぐ。 「いつか、夢華も、この哀しさを忘れる日が来る。でも。今も言ったね? 命があったことを忘れちゃいけない。もし、出来るなら。夢華、どうすれば、命の大切さを忘れないでいられるのか、その方法をサガしなさい。ただし」 と、夢華を見て、笑顔になった。 「それは後ろ向きであってはいけないよ? 前を向いて! そう、夢や希望をサガすのと同じように!」
茜がナイトに気がついて、見上げた。 「……おねえちゃん、だれ?」 「私? 私は、○リキュア」 「……え? あの○リキュアなの!?」 茜が目を丸くした。 うなずいてナイトは思った。 自分は、祖父・現一のように、うまく勇気づけられるだろうか? 現一は、元刑事だ。テレビドラマなんかを見ても、刑事は人の生き死にに深く関わっている。おそらく祖父の言葉は、その経験に裏打ちされたものなのだ。自分の如き、小娘に何が出来るか……。 だが、ナイトは心を奮い立たせた。 彼女が二度とゼツボーグを生み出したりしないように、彼女の心に、希望の火を灯すんだ! ナイトは言った。 「もしかして、最近、飼っていたネコが死んじゃったかな?」 茜がさらに目を丸くして驚いた。 「すごい! どうしてわかったの!?」 「お姉さん、○リキュアだから、なんでもわかっちゃうんだよ?」 本当は、岸夢華として、先日、聞いたことだった。 感心やらなんやら、複雑な息を漏らしている茜に、ナイトは言った。 「ねえ、命って、とっても大切なんだ。あなたの飼っているネコは、それを教えてくれたんだよ?」 茜が、ナイトの目を見て、話を聞く体勢になった。 ナイトは続けた。 「命があったことを覚えているのはとても大切なことなの。でも、後ろ向きじゃいけないんだよ……」
(○リキュア、9と10の間ぐらいのお話・了)
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