午後七時半。 岸家では夕食を終えたばかりだった。そこへ、インターフォンの音。 「誰かしら?」 母、和叶(わかな)がリビングの壁に設置した親機の受話器を取る。モニターに映ったのは、白髪の男性。茶色い革ジャンを着ている。 「お義父さん? どうしたんですか?」 『ああ、和叶さん。ちょっと仕事で通りかかったんだが、遅くなってしまってね。よかったら、今晩、泊めてもらえんかな?』 「え? おじいちゃん!?」 やりとりが聞こえた夢華が、リビングと繋がったキッチンの洗い場から、リビングに駆けて来た。 「おじいちゃん!」 『おお、夢華か?』 その時、父・実(みのる)がやってきた。 「父さん? どうしたの?」 『実? いやあ、仕事で近くまで来たんだが、こんな時間になってしまってな』 「仕事って。父さんが住んでるのは、隣の県じゃないか」 「とにかく!」と、夢華が言った。 「入ってもらおうよ!」 和叶はうなずき、玄関へ行って、施錠を外した。
「すまんね、事前に連絡もせず」 キッチンのテーブルに着き、実の父、そして和叶の義父である現一(げんいち)は夕飯を食べている。 「おじいちゃん、お仕事って、この町で!?」 夢華が尋ねる。 「ああ。ちょっとサガしものをなあ」 と、現一はニヤリとする。 「サガしもの? なになに!?」 瞳をキラキラさせて、夢華は問う。 「これじゃ」 と、現一は持参したバッグから一枚の写真を出す。 「……猫?」 写真に写っているのは、一匹の猫。キジトラのハチワレだ。 うなずいて現一は言った。 「以前、この辺りに住んでいた人がわしの住んでいる町に引っ越してきてな。その人が飼っておったそうじゃが、ここに来るまでの間のどこかで逃げていたらしくてな。あちこちサガしたが見つからないので、わしのところに依頼があったんじゃ。猫にも帰巣(きそう)本能があってな、何キロも離れた先の家に歩いて帰ったという記録もあるから、ひょっとしたら、ここに帰っているのでは、と思ってな。ここに来る道々、サガしながら、来たという訳じゃ」 引き続き、瞳をキラキラさせて、夢華が言った。 「ねえねえ! 私も手伝いたい、猫サガし!」 「うーん」と、現一は考えて言った。 「よし、夢華にも手伝ってもらおうか!」 「やたーっ!」 と夢華が喜んだところで、和叶は言った。 「夢華、お風呂に入っちゃいなさい」 「はーい!」 笑顔でそう答えて、夢華は席を立った。 その背を見送っている和叶に、現一が言った。 「すっかり元気になったようじゃな、夢華は」 和叶は柔らかな笑みを浮かべて言った。 「ええ。これも、お義父さんのおかげです」 「いやいや。もともとあの子の持っておった、生きる力、じゃよ」 と、現一は笑う。そして。 「おそらくあの子は今、自分が何をサガしたらいいのか、それをサガしている最中ではないかな?」 実が首を傾げる。 「何をサガしたらいいのか、サガしている?」 「ああ。人は何かをサガしながら生きておる。それは夢だったり、希望だったり、何かの答えだったり。自分が何をサガすべきか、それをサガすのもまた、生きる力じゃ」 和叶はうなずいた。 「一時は、あの子の目はすっかり死んでいたんですけれど、中学校に上がってから、……お義父さんが帰国して、会いに来てくれてから、見違えるようになって」 現一はうなずく。 「要は、きっかけだった、ということじゃよ」 そして、カラカラと笑う。
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