愛望の母は、市内の大きな病院で、外科医をしている。前夜は、当直という事だったので、午前十時に帰宅した。 「お帰り、お母さん」 玄関で出迎えると、母の、のぞみが「ただいま」と言った。だが。 「……なんか、元気ないね?」 「え? そんなことはないわよ?」 愛望の問いにそう答え、リビングへ行く。その時、入れ違いに、姉の祐理愛(ゆりえ)がやってきた。彼女は、母と同じ病院に勤務する看護師だ。 小さく手招きをする。その方へ行くと、祐理愛は小声で言った。 「本当は守秘義務があるから言っちゃダメなんだけど、あんた、将来、お医者さんになりたいって言ってるから、特別に話すね」 「ん。なあに、お姉ちゃん?」 「今さ、骨肉腫(こつにくしゅ)で入院してる患者さんがいるんだけど。もう、切るしかないの」 「切るって?」 「右腕。その患者さん、隣町の中学に通う、あんたと同い年の女の子でね、化学療法やってたんだけど、若いから進行が早くて。肩に出来てるから、肺に転移する恐れがあるの。この前の病理(びょうり)検査(けんさ)で、かなり進んでるのがわかったから、カンファレンスで、切るって判断になったの」 「そう……なんだ……」 「その子、バドミントンのプロ選手になるっていう夢を持ってて。あんたと同い年の女の子だから、重なっちゃったみたいでね、あんたと」 衝撃が、愛望の胸を貫く。どこの誰とも知れない人の話だが、自分に置き換えた時、その衝撃は計り知れないものがある。 「いつも母さんも言ってるでしょ? 医師は直接、命と接する職業だから、覚悟が必要って。今回は、かなり堪(こた)えてるみたい」 そして、母がいるリビングの方を見る。愛望も見た。 もし自分が将来、医師になった時、同じような状況になったら? 平静でいられるだろうか、と愛望は自問自答した。
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