部活を終え、友希は帰路についていた。友希の家は、ちょっと遠い。だが、自転車は使わず、徒歩通学をしていた。脚力、特に足の指を鍛えるためだ。 弓道ではないが、以前、武術をやっている者から聞いたことがある。 剣(けん)や拳(けん)に気(き)を通すには、足の親指に力点を置き、手の小指に伝えろ。 小さい頃に聞いたせいか、それが染みこんでいた。 正門を出て、目抜き通りの方へ向かう途中だった。 「友ちゃん」 と、声をかけてきた者がある。その方を見ると。 「承平お兄さん」 昔からの知り合いの、村越承平だった。近くのアパートに一人暮らしで、アルバイトをしながら、絵を描いている。確か、この間、何かのコンクールに応募した、と聞いたが? 近づき、友希は聞いた。 「そういえば、ちょっと出かけてたけど。どこへ行ってたの?」 「うん。コンクールの結果について、個人的に話したい、って連絡があって、審査員さんに会いに行ってたんだ」 「……個人的っていうことは、当選したの?」 個別に呼び出しなど、そうとしか考えられない。だが、承平は寂しげに笑って、「落選だった」と言い、こう言った。 「僕の実力じゃ、プロは無理だって、宣告されたんだ」 「……そんなことないと思う。承平お兄さん、絵、上手だと思う」 お世辞ではなく、本当にそう思う。夢の木市の東南から南は海に開けているが、そこの景色を描いた風景画は、とても美しかった。それだけじゃなく、心に訴えかける何かもあった。 友希の大好きな絵の一つだ。 「ありがとう。そう言ってくれるのは、友ちゃんだけだ。……そうそう、この間から描いてる、友ちゃんの絵、今夜には完成すると思う。だから」 と、承平が鍵を手渡してきた。 「これ、なに?」 「僕の部屋のスペアキーだ。明日、学校が終わったら、これで部屋に入って欲しい。あの絵は君にあげるよ」 何か、おかしい。だから、友希は聞いた。 「お兄さんが直接、私に手渡してくれたらいいのに」 「……ゴメン、僕、明日には遠くに行くから」 「遠くって……。外国とか?」 寂しそうに微笑んで、承平は言った。 「うん、まあ、そんなとこ。……じゃあ、僕、バイトだから」 そして、承平は去って行った。 その背を見ていると、友希の胸に言いようのない不安が沸き起こってくるのだった。
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