青年・村越承平(むらこししょうへい)の宿泊しているホテルに、一人の壮年の男性がやってきた。男性の名前は堂内範彦(どううちのりひこ)、ある絵画コンクールの審査員の一人だ。 ロビーで二人は、応接セットにかけた。そして。 承平は、力のない声で言った。 「そうですか、落選、ですか……」 沈痛な表情で、堂内は言った。 「もしかしたら、噂話程度で聞いているかも知れんが。このコンクール、まったくの一般の者が入賞する可能性は、十パーセント程度あるかないか、だ」 うつむいていた承平は顔を上げ、堂内を見る。この「噂話」、一応、耳にしたことはあった。それを、堂内が話すようだ。 堂内は言った。 「まず、三十パーセントは、高名な先生のお弟子さん枠だ。この人たちが応募してきたら、百パーセント、通る。次の三十パーセントは、ゴースト枠。これまで高名な先生のゴーストを務めていた人たちだ。この人たちが自分の名前で画壇デビューする際、余計なことをカミングアウトされないように、賞を取らせて箔をつけさせる。だから、こういう人が応募してきた時も、百パーセント、通る。残りの内、三十パーセントは、お義理枠だ」 「お義理枠?」 先の二つは、聞いたことがあったが、今の単語は初耳だ。 「いい線まで行きながら落選した人の内、有力な審査員に何らかのコネがある者は、審査員が覆面の仕事をやらせる。それをある程度、こなしたら、入賞させる、というヤツだ。だが、これは絵の水準が大きく下回っていた場合は、さすがに落とさざるを得ないからな。だから、このお義理枠の場合は、必ずしも入賞するとは限らない」 「そうだったんですか……」 体から、一気に力が抜ける。 うなずいて堂内は続けた。 「同じ年にブッキングすると、面倒なのでね、申し合わせて、バラけるようにしてある。だから今言った条件に当てはまらない者が入賞するのは、十年に一度、あるかないか、だ。……私も、この仕組み、どうにか出来ないか、と思っているんだが、既得権益があってね。私は、去年から審査に携わったばかりだから、変えさせるだけの力がないんだ」 承平は再び、うなだれる。おそらく、このようなケースは、このコンクールだけではないだろう。ということは、自分がどんなに頑張ろうと、全くの無意味ではないか。 そういえば、八年前、美大を受験した時もそうだった。ある大学では、油絵学科に強い影響を持つ学部長の画風に合わないからと、落とされた。別の美大では、学長の好みに合わないからと、落とされた。あとで何かの折に知ったが、受験で通った学生の絵と、承平の絵は、それほど乖離(かいり)した画風とは言えなかった。 もはや、何が明暗を分けたのか、わからない。 「実は、今回のコンクール、君の絵が事実上の入選なんだ。だが、今言った事情で、ある先生のお弟子さんが入選している」 涙も出てこない。 「私や他の審査員も、なんとか、君の絵を出せないか、と働きかけたんだが、特別賞は、応募してきてしまったゴースト枠の人にあげることになっているし、予算の都合や、規定で、新しい賞を用意することが出来ないんだ……。だが、必ず、君を世に出す! 今日はそれを伝えたかったんだ」 そこまで聞き、承平は立ち上がった。そして、堂内に一礼する。 「ありがとうございました、堂内先生。貴重なお時間をいただいたばかりか、お話も聞かせてくださって。……僕、疲れました。今日、故郷(くに)に帰ります」 「君の故郷、と言うと。確か、夢の木市、だったね?」 うなずき、承平は部屋へと向かう。その背に堂内が言った。 「連絡先を教えておいてくれないか? ……いや、教えなさい!」 どこか切迫したような声音だった。まるで、「何か」を感じ取ったかのように。 「もう、ご存じですよね?」 「いいから! 確実に君と連絡が取れるものを言いなさい!」
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