「行ってきまーす!」 元気よく声を上げて夢華(ゆめか)は家を出た。そして、学校へ向かおうとして、ある家から同じ制服の女子が出てくるのを見た。 その女子に駆け寄り、夢華は声をかけた。 「鳳(おおとり)先輩、おはようございます!」 女子が夢華に気がつき、笑顔を向けてきた。 「ああ、おはよう、岸(きし)さん」 ウルフヘアの長身の女子の名は、鳳祈璃(おおとり いのり)。最近、ここに越してきた夢の木中学三年生、夢華の一つ上の先輩だ。どちらかというと「カッコいい」女子で、男子女子の両方から、人気があるらしい。夢華の家とは一軒はさんで、しかもその家と祈璃の家との間に四メートル幅の川があって自治会も違うが、そのはさんだ家は、今空き家なので、夢華にとっては「お隣さん」の感覚だった。 そして。 この祈璃という少女は、どうも今、評判の、歌って踊るYoutuber「オードリー」のようなのだ。だが、本人は否定している。ちなみに夢華たちが通う夢の木中学校の校則では、「Youtube活動をしてはならない」と決めてはいない。だが、祈璃は「自分ではない」と言っている。 ならば、そっとしておこう、というのが、夢華たちの間の約束だが、他の生徒たちはそうはいかないらしく、折に触れて彼女に尋ねているらしい。 こういう風に聞かれるから、祈璃は自分はオードリーではない、と言っているのかも知れない。 「先輩、今日は遅いですね」 いつも、祈璃はもっと早く家を出ているらしく、夢華が学校に来た頃には、もう学校に来ている。 「うん。ちょっと徹夜してたんだ。で、朝方うとうとしちゃって」 「徹夜?」 あくびをかみ殺して、祈璃は言った。 「前の中学と、数学の進度が違っててね。今日、小テストがあるから、友達からノート、コピーさせてもらって、徹夜で勉強してたの」 徹夜勉強など、夢華はしたことがない。それは成績優秀だからでは、断じてない! そしてそれに比例して、成績の方は……。
二人が学校に近づいた頃、ツインテールの少女、エミィの姿が見えた。彼女は学校近くにあるシェアハウスに住んでいる。 「おはよう、エミィ」 「おはよう、夢華。先輩は珍しいですね、いつも早いのに」 「あれ? エミィ、先輩が朝早く来てるって、知ってるの?」 「うん。私、昨日、日直だったから、職員室に日誌を取りに行って、その時に先輩に会ったの。その時、お喋りしたから」 祈璃は、夢華にしたのと同じ話をする。そして、正門のところで、祈璃と別れ、それを確認してエミィが小声で言った。 「プリンセスの反応があったの、かすかだけど!」 「え? 本当?」 エミィがうなずく。 「今度も、これまでのように『立ち寄ったから、その痕跡が残った』っていうものかも知れないけど」 夢華は、首を横に振る。 「ダメだよ、サガす前から諦めちゃ! ようし、今日の放課後、プリンセスをサガそう、オー!」 思わずいつもの調子で右の拳を空高く突き上げた夢華に、登校途中だった生徒たちの視線が集まる。 慌てて手を下ろし、夢華は苦笑いを浮かべた。
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