夏の朝、その女性は、マンションの一室の前にやってきて、インターホンのボタンを押す。ちょっとして出てきた男性に言う。 「おはよう。今日はお昼を作りに来られないから、お弁当、作ってきたわ。……もしかして、徹夜してた?」 男性が答えた。 「うん。今描いてるの、今日のお昼が締め切りだったから」 「そう。でも、あんまり無理しないでね?」 女性が気遣う。 「ありがとう、でも、今度の個展は、堂内先生のご尽力で実現したから、期待には応えたい、全力で!」 「……ついに海外進出ね」 「うん」 女性は心からの笑みを浮かべて言う。 女性が持参した弁当包みを受け取りながら、男性は言った。 「お弁当って。無理しなくていいのに。君にとっても大事な時期だろう?」 「こうやって、なにかしてないと、落ち着かなくて。あなたのために何かやっていると、心が落ち着くの」 と、女性は微笑む。 男性も柔らかい笑みを浮かべる。そして。 「大丈夫! きっと、世界選手権の日本代表に選ばれるよ!」 「……うん、ありがとう、承平さん」 男性……承平が言った。 「来週からの選考会、僕は日本にいないけど、君の勝利を祈ってるよ、友ちゃん!」 その言葉に女性……友希は、胸に下げたペンダントのアンバーを右手で握りしめる。手の中で、アンバーが光ったように、友希は思った。 「そういえば。友ちゃんの友達も、海外進出するんだったよね?」 「うん。確か、今日、日本を出立するって」 そして、友希は空を見上げた。
空港のコンコースにいたその女性は、胸を押さえ、また深呼吸をやっていた。その女性に声をかけてきた、もう一人の女性。 「かなり緊張してるみたいね?」 女性が、声をかけてきた女性を見る。 「うん、やっぱり海外進出って、夢だったけど、実現するってなると」 「……もう、今からそんなに緊張してたら、公演直前になったら、あなた、ぶっ倒れて魂が抜けるんじゃない?」 苦笑いした女性にうなずいて、その女性は提げたペンダントのヘッドを握る。そしてまた深呼吸。手の中で、トパーズが輝いたように思った時、心の中に、勇気と安らぎがわいてきた。 「ごめん、もう大丈夫だ、まびき」 まびき、と呼ばれた女性が笑顔で言った。 「そう。……マネージャーがサガしてたわよ」 「うん、わかった」 「でも、公演直前になったら、あなた、やっぱりぶっ倒れると思う」 「そんなことないって。私は、あなたのこと、信じてる。この公演、あなたと二人なら、絶対、成功出来る! まびきとのユニットは、世界で最高なんだから!」 まびきが、笑顔で言った。 「ありがとう、祈璃。……そういえば、あなたのお友達に、お医者様がいたわよね? 呼んどこうか?」 「いいよ、彼女、忙しいし」 まびきがイタズラっぽい笑みを浮かべる。倒れた時のために、ドクターを手配しておけと言うのだ。 その「思惑」を見て、苦笑を浮かべ、祈璃は答えた。 そして、祈璃はある救急救命センターがある方向を見た。
「患者さんの容態(ようだい)は!?」 「意識はありますが 出血がひどく、このままではショック症状を起こすかも知れません!」 女性看護師の報告を聞き、その女性は、仮眠室から飛び出す。 「バイタルは!?」 早足で歩きながら、女性は聞く。 看護師が答えた。 「パルス五十五、上八十、下五十、体温三十五度五分、サチュレーション七十五!」 「……サチュレーションが極端に低いわね?」 「ご覧いただけたら!」 すると、ストレッチャーがこちらに向かってきた。その流れに女性は合流し、搬送された中年の男性患者を見る。 右胸の下に、建築資材に使うような直径二センチ、長さ一メートルほどのシャフトが刺さったままになっていた。下手に抜くと、大出血を起こすから、刺さったままにしていたのだろうが。 それを見て、女性は言った。 「右肺(みぎはい)下葉(かよう)に重度の損傷あり! 緊急オペ!」 その時、男性看護師が駆けてきた。 「処置室、空きました!」 「すぐに、オペ室、押さえて! 早く!」 女性の声に、男性看護師がうなずき、また駆け出す。 女性が意識の混濁しているらしい患者に言った。 「大丈夫よ、必ず助けるわ!」 その時、先の男性看護師がやってきた。 「スタンバイ、OKです、愛望先生!」 女性医師……愛望はうなずき、一同を見る。愛望は一度、ズボンのポケットの中に入れた、エメラルドのペンダントヘッドを握りしめる。エメラルドが光り輝いたような感覚を覚え、ポケットから手を出して、愛望は言った。 「この患者さんは、良き友であり、良き伴侶であり、良き父かも知れない! 自分の大事な人だと思いなさい! 必ず助けるわよ!」 その場の皆が力強く答えた。
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