20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第92回   FINAL CASE・1
 念のため、だった。
 笠井が聞いてきたという、「別荘地から、猛スピードで幹線道へと向かう車輌」について、調べてみることになったのだ。これはもう、鳴嶋の「刑事としてのカン」としか、言いようがない。しいて言うなら「もしその車輌が乾武繁の別宅から発進したもので、その中に武繁と麻枝が乗っていたら? そしてその車中で、或いはそれ以前に睡眠薬を飲まされていたとしたら?」と仮定したら、いろいろと説明できることがあるから、だろうか?
 例えば、その車輌が武繁が運転するもので、目撃された「午後八時二十分」という時間が確かなら、そして、その位置から可能な限りでのスピードで飛ばして山道を降り、幹線道に乗ることが出来たなら。
 そこから計算すれば、おそらく午後八時三十五分頃には、麻枝のマンションに着くことが出来る。そこで様々な偽装工作を行い、マンションを出て、適当なところで、前もって計算しておいた時間に自宅へ電話をかけ、留守録をさせる。そのあとコンビニへ行って自分の姿を撮影させ、自宅へ帰る。
 近所の会社員が武繁の車を目撃したのは、偶然だろう。近くの通りには、防犯カメラがあり、それに武繁の車が写っていた。そのカメラのある位置から考えれば、武繁がコンビニからその通りへ直行し、午後九時四十分に帰宅したことは推定できる。
 意地の悪い考え方をすれば、そのカメラのある通りから、防犯カメラのない通りを選んで、麻枝のマンションに行って、電話をかけ終えた麻枝に睡眠薬を飲ませ、自殺の偽装工作をしたとすることも出来る。しかし、それだと出血性ショック死に至るまでの時間が後ろへ大きくずれ込み、遺体発見の午後十時四十五分には、麻枝は死んでいないことになってしまう。
 発見者の一人、乾寿子の証言には信頼をおいていい。また、司法解剖の結果からも、発見時、麻枝は既に死んでいたと考えられる。
 やはり、午後九時以前に麻枝は睡眠薬で眠らされた状態で、手首を切られたと考えるしかない。
 山道を猛スピードで走り下りた車、これを「武繁が運転していた車」と考えれば、いろいろ辻褄が合うのだ。
 残念ながら、付近には防犯カメラなどはなく、車輌の特定には至らなかったものの、いろいろとわかったことがあった。道の途中には急ブレーキをかけたブレーキ痕、かなりのスピードでカーブを曲がったためと思われるスリップ痕、そして、歩道との境にある縁石(えんせき)様(よう)のコンクリブロックに軽くこすったと思われる塗膜片が見つかった。ブレーキ痕等からタイヤの特定は出来なかったが、塗膜片から、麻枝の所有する車輌と同一のものだとわかった。
 押収していた麻枝の車輌には、左のドアの下部に、何らかの擦過(さっか)痕があった。そこから車内を隈無く調べたところ、後部座席から、例の毛布と同一の繊維が見つかった。
 もう間違いないだろう。乾武繁は、睡眠薬で意識のない麻枝を毛布にくるんで後部座席に乗せ、別宅から麻枝のマンションへ行き、そこで自殺の偽装工作をした。そして、コンビニへ寄ったあと、自宅へ帰ったのだ。
 刑事課長を口説き落とし、裁判所の発行した逮捕状を持って、鳴嶋たちは「いぬいクルーズ株式会社」へ向かったのだが。
 九月第二週の火曜日、午前十一時四十分に「いぬいクルーズ」に来てみると。
「連絡が取れない? どういうことですか?」
 鳴嶋の問いに、新しく秘書になったという壮年の男は答えた。
「本日は午前十時に『ちょっと出てくる』と仰ってお出かけになったのです。行き先は『近くのコンビニ』とだけ。十一時に、運輸安全委員会の方(かた)の聴聞(ちょうもん)が予定されておりましたので、十時三十分に携帯電話にお電話したのですが、電源が入っていないようで……」
 弱り切ったように、男は言った。まさか、こちらの動きを察して、雲隠れでもしたか、と思ったが、まずそれは考えられない。あの事故以降、おそらく武繁はこちらの動きに注視する余裕はないはずだ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1405