翌朝、七時半。 朝メシに、昨日、コンビニで買っておいたサンドイッチを食ってると、電話が鳴った。貝田さんからだ。 貝田さんていうのは、俺のガントレットや璃依のブレスレットなんかを開発した人。俺たちの実家がある町で、電気工務店を経営してるんだが、もともとは、大きい街の電子工学関係の研究所で、電子部品の研究開発なんかをやっていたらしい。本人いわく「人間関係に疲れた」ということで、二、三年前に里帰りしてきた。年齢(とし)は、はっきりと聞いてねえが、色んな話とか聞くと、恵磨さんより、十歳ぐらい上らしい。ついでに、恵磨さんといい雰囲気だったりするが、まあ、どうでもいいか、この辺は。 「もしもし、貝田さん?」 『太牙くん。璃依ちゃんにも話を聞いて欲しいから、ちょっと彼女も呼んでくれるかな?』 というわけで、俺はあいつの部屋がある三階まで上がって、部屋のドアをノックした。 「璃依、ちょっといいか? あの件で貝田さんから電話がかかってきてる。お前にも話したいって。開けるぞ?」 『ちょ、ちょっと待って!』 慌てたようなそんな声がして、バタバタと音がして、なんか悲鳴が聞こえて、ドライヤーの「ブワアァァァァ」みてえな音がして。 五分ぐらいして、ドアが開いた。 「お待たせ!」 ネクタイこそ締めてねえが、ブラウスとスカート、きちんと着てた。俺はっていうと、寝起きのまんまだから、上はランニングシャツ一枚、下はジャージーだ。 「なんだ、着替えの途中だったのか」 「え? ……う、うん! そんなとこ!」 「悪かったな」 「いいよ、気にしないで!」 「……なんか、いいニオイするな。シャンプーでもしてたのか?」 「う、うん! そんなところだから!」 「……お前、なんでそんなに内股なの? そんなんしなくても、スカート、めくれたりしねえぞ?」 「あ、あたし、普段から、ガニマタじゃないよ!?」 「それに、気のせいか、ブラウスが濡れてて、透けてないか、胸のあたりとか……?」 「わーわーわーわー!! これ以上は、この話、もうやめようか!! あたし、ちゃんとブラジャーしてるし、ショーツもちゃんと穿いてる……から!!」 なんか、真っ赤になって、璃依は力説する。 「お、おう……? なんで、わざわざ、そんなこと言ってんの、お前?」 時間がかかりそうだったので、いったん電話を切っていた。なので、俺は、折り返して貝田さんに電話する。 「貝田さん、お待たせしました」 スピーカーをオンにして、俺は話す。貝田さんは言った。 『結論から言うよ? 君から依頼されてた、時間制限を外すっていう話、悪いけど、きくことはできない』 「そうですか」 なんとなく、そういう感触はあったんだ、依頼した時。でも、俺としては、時間制限に縛られなければ、あの時、駆け回る白い影を消せたと思うんだ。だから、なんとかタイムリミットを解除してもらえねえか、って思ってたんだが。 「どうにかなりませんか?」 と俺たちは、昨夜の深夜の一件を話した。時間制限にこそ達していなかったが、なんか、活動時間が短いように感じたし、その辺りも含めて、スペックアップしてもらえないか? 俺の言葉に、貝田さんは静かに答えた。 『君たちのタイムリミットは、必要なものなんだ。あのアイテムは、ある意味、無理矢理、君たちの潜在能力を引き出しているもの。だから、君たちにとって、過負荷になる。下手をすると、君たち自身が壊れかねない。それに、さっきの話を聞く限り、君たちは限界値を超えている可能性がある』 「限界値?」 『うん。今も言ったけど、そのアイテムは君たちの潜在能力を強引に引き出すもの。でも、その上限は通常能力の二、三倍程度になってるんだ』 「ああ、それは聞きました」 『それは、ある種の暗示だったんだよ』 「……? え? 暗示?」 どういうことだ? 俺が首を傾げてるのを、貝田さんが知るわけはねえが、貝田さんは『君の疑問も、もっとも』と言ってから続けた。 『考えてもみてよ、潜在能力を引き出すのに、機械的な働きかけで「二倍まで」なんて、設定できると思う?』 ……。 言われてみれば確かに。 『そんなふうにしておかないと、本当に君たちが壊れるからね。もっとも、璃依ちゃんの話を聞く限りだと、そのカラクリに気づいてたみたいだけど』 璃依が頷く。 「例の通り魔の時にね、なんとなくわかったの。要するに、『暗示で二、三倍の能力が使えるようにされてるだけ』だったんだって」 すげえな。そんなことに気づいてたのか。 『さっきの話に出た兎とか熊とかに対して消耗が激しかったのは、おそらく、無意識のうちに、その限界を超えることをやったからだ。だからね、これ以上のことは僕にはできかねる』 「じゃあ、どうすれば……」 なんか、相手のレベルがアップしてるんだ。志勇吾が「紫緒夢さん」っていう、例の一年の転校生の従姉妹、っていう人から聞いた話じゃあ、悪魔の力が関わってるらしいし。 しばらくおいて、貝田さんが言った。 『君たちはもう、ヒントをもらってるよね、恵磨ちゃんから』 「え? 恵磨さんから?」 「え? お姉ちゃんから?」 俺と璃依の声がハモる。 ふと、俺は昔、恵磨さんから言われたことを思いだした。
「観想をして、印をくんで、御真言を唱えて。これって、神仏のご加護をいただく基本。でもね? 術者自身があるレベルに到達していてこそ、可能なことなのよ。言い換えたらね? 人間の力で『そこ』へ行くこともできるの! 人間の可能性を侮ったらいけないのよ!」
そんなことを言って、恵磨さん、ニカって感じの笑いを浮かべてたっけ。 電話を終えた俺と璃依は、二人して、頷き合っていた。
(CASE12・了)
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