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作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第83回   CASE11・3
 次の日、土曜日に笠井征人は「BiShop」へ来ていた。午前十時三十分。サボり、というわけではない。可能な限り、事件当夜の武繁の足取りを追うためだ。この界隈は、現場(げんじょう)である麻枝のマンションとは、全然違う方向だが、なにがしかのヒントがないとは、いえない。
「あ、ああ、おはよう、真条さん」
 開店したばかりの「BiShop」に入る。
「ああ、笠井さん、おはようございます。どうしたんですか、こんな早くに?」
 愛那の笑顔に、ここに来て良かったと思いながら、征人は聞いた。
「え? あ、ああ、ちょっと聞き込みに」
 そう言って、わざとらしく手帳を出す。
「えっと、この前の月曜の夜なんだけど……」
 話を聞き、愛那は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。その時間帯は、お店、締めたあとだから、後片付けとかいろいろ忙しくて、外の様子は……」
「そ、そうだよね、そうじゃないかと思ってたんだ!」
 予想はしていたので、落胆するほどではない。
「あ、でも」
 と、何かを思い出したように、愛那が言った。
「なに?」
 愛那の言葉に、つい期待が湧く。
「事件と関係あるかどうかわからないけど。次の日に来た常連さんが、変なこと言ってたなあ」
「変なこと?」
「うん。この通りを西に上がって、しばらくすると、別荘地に行く道……かなりの高さにある山道があるんだけど」
 別荘地。確か、武繁の別宅もそこにある。
「その人の住んでるところから、その道が、見えるらしいんだけど。事件のあった夜、大体、八時二十分ぐらいに、その別荘地から幹線道へ降りる道の辺りを、ものすごいスピードで光が走って行ったんだって。最初はUFOかと思ったらしいけど、そんなわけはないから、多分、自動車のヘッドライトだったんじゃないかって。あの分じゃ、百キロ近く出てたんじゃないかって。きっとどこかで事故とかやってるよね、って言ってた」
「ふうん……」
 何かが頭に引っかかったが、それを追求する前に、店内で流れている番組(県内ラジオ局制作のバラエティ番組だった)が、臨時ニュースを告げた。パーソナリティーの女性が、番組のMCとは打って変わって事務的な声で。
『番組の途中ですが、ニュースをお伝えします。本日、午前九時三十分頃、県内大手旅行会社「いぬいクルーズ株式会社」が主催する観光パックツアーで、大型フェリーが○○県××島沖で座礁し、沈没したとの情報が入りました。死傷者等詳細は不明とのことです。詳細につきましては、わかり次第、続報をお伝えします。本日、午前九時三十分頃……』
 愛那が「死んだ人とか、いないといいけど」と言うのを聞きながら、征人は「BiShop」を飛び出していた。まず間違いなく、乾武繁は、予定を切り上げて、帰国するだろう。雲隠れするかどうかはともかく、身柄を押さえるチャンスかも知れない。場合によっては、海上交通を所管する官庁に先に押さえられる可能性もある。早く動いた方がいいかも知れない。

 まったくなんということだ!
 記者会見を終え、武繁は心の中で毒づいた。死者こそ出なかったものの、意識不明者が数名、さらに脱出時に骨折した者数名。あまつさえ、船長が真っ先に逃げ出し、その様子が、動画に撮られてネットに流れるなど、どこまで「いぬい」の名前をおとしめれば済むのか!
 事故調査委員会の起ち上げは早急に行うが、その過程であの船が、もともと廃棄予定に回されていたことが明るみに出るかも知れない。ただでさえ、乾ホールディングス社長の椅子が危うくなってしまったのに、さらに刑事罰まで受けるとなると、破滅は免れない。
「……ここは、悪魔に助けを乞うか……」
 新聞記者や雑誌記者たちを振り切り、新任の秘書が運転する車に乗り込むと、頭の中で儀式のことを考えた。
 その時、契約書の一節が頭に浮かぶ。確か……。

 契約書を安置した場所において、大多数を占めるカテゴリーの人間たちから、生命力をもらい、それをもって日々の繁栄を約束する。格別の望みがある時は、「事件」を起こして、より多くの生命力をもらう。ただし、そのカテゴリーに属する人間たちのうち、一人でも生命力供給に反対の意志を示したら、「事件」は終了とし、生命力の過剰な吸収はやめ、吸収した生命力の半分から全部を返還する。

 今度ばかりはFACELESSどもには、黙っていてもらわねばなるまい。かといって、こちらから「動くな」ともいえぬ。誠介の日記によると、「過剰なまでに命を捧げることで、多くの人間が死ぬことを防ぐ」ために、「反対の意志を示」す云々の一節を入れたらしいが、今となっては、これは邪魔だ。社長の椅子はもう諦めるとして、身の破滅だけは防ぎたい。
 どうしたものかと考え……。
「そうか、奴らは四人しかいなかったな……」
 その呟きが耳に入ったのだろう、新しく秘書となった壮年の男が「何か仰いましたか?」と尋ねたが、それには適当に答えた。


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