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作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第82回   CASE11・2
 コーヒーを飲みながら、鳴嶋は呟いた。鳴嶋の心証としては、武繁は限りなく黒に近い灰色だ。利害関係だけでなく、まるで事件が起きる前後の時間帯を見計らったかのように、アリバイがあることが気になるのだ。
 麻枝の体内……口中から、わずかだが睡眠薬の成分が検出されている。自殺でも服用することは考えられるが、相手の抵抗を封じるために何者かが飲ませたとも考えられる。
 そもそもあの電話、いかにも「使い込み」の謝罪のように聞こえるが、とりようによっては「愛人関係を謝罪し、精算する」ことを伝えているようにも聞こえる。武繁が何らかの理由で言いくるめて、あのような言葉を言わせたと考えられないか?
 どこかに突破口があるはず、と思っていたら、刑事課のドアを開けて、笠井(かさい)征人(まさひと)巡査が飛び込んできた。
「鳴嶋さん、出ました!」
「出た? 何が?」
 いきなり部屋に飛び込んで、何を言い出したかと思い、鳴嶋は呆れながら言った。
「幽霊でも出たか? お盆、過ぎてるぞ?」
「そうじゃなくて! 鑑識に、県警科捜研からのメールが届いたんですけど!」
 そして数枚の紙を見ながら話す。
「麻枝のスマホの発信履歴、乾家の固定電話の着信履歴、いずれも午後九時ちょっと前に、架電、受電の履歴があります。それで、ですね」
 と、笠井はホワイトボードのそばまで行き、板書しながら言った。
「乾家の電話、留守番電話に切り替わるまでに、八コール、約二十五秒かかります。さらに留守電のアナウンスが約十秒。合わせて三十五秒、かかるんです。一方、『この道』のメロディチャイムの長さは、約二十五秒。電話には最後の六秒が入ってるんですが」
 と、黒から赤のマジックに持ち替えて、数字を書く。
「計算が合わないんです。もしこの時間通りに電話をかけていたとしたら、留守電に入っているのは、最後の八秒になるはずなんです!」
 ちょっと考えてみた。
「言いたいことはわかるが。それぐらいの誤差は……」
「あの時計、電波時計だから、時間は正確なんです」
「つまり、時間を計り間違えたっていうことか?」
「それもありますが。これは、科捜研の技官の人の見解なんですが。おそらくボイスレコーダーの録音レベルが『オート』になっていたんだろうって」
「……なんだ、それ?」
 ちょっとわからない言葉だ。
「簡単に言うと、対象音源が静かだと録音した音は大きくて、賑やかだと、音が小さくなるっていう機能です。メロディチャイムは最後の方でフェイドアウトして静かになっていきますから、それに合わせて、雑音が入るんです。乾武繁は……。……あ」
 言いかけて慌てて口をつぐむ笠井に苦笑いを返すと、鳴嶋は言った。
「構わない。俺も奴が『クロ』だと思ってる」
 バツが悪そうに頷き、笠井は続けた。
「乾はメロディチャイムの音を録音した時に、最後、雑音が入っていることに気づいた。偽装工作の時に、その雑音が入ってしまうことを怖れ、メロディが終わったところで、電話口から離してしまった。でも、それが専門の機械で調べることで、メロディチャイムの部分の波形が、不自然に切れてしまってることがわかってしまったんです!」
 それが事実なら……、いや、科捜研の分析なら事実だろう。そうすると、あの電話、必ずしも午後九時のリアルタイムのものではない可能性が出てくる。武繁のアリバイは成立しない。
「それだけじゃありません! 現場(げんじょう)にあった麻枝の汚物から、ベルソムラ系の睡眠薬の代謝物が多量に見つかってるんですが、麻枝の体内からは検出されてないんです!」
「え、と。どういうことになるんだ、それ?」
 笠井はメモを見る。
「この薬剤、服用して三十分ぐらいで効果が出て、一時間半で、体外に排出されていくそうなんです。つまり、飲んでから体外へ全部排出されるためには、一時間半以上、飲んだ分、全部となると、おそらく二時間以上は、かかってることになります。また、あの状況と麻枝の体格から考えて、手首を切ってから亡くなるまで、おそらく一時間半程度、かかっているだろう、とのことです」
 数字を頭の中で簡単に照合していく。それだけでは追いつかず、鳴嶋もホワイトボードに板書していった。
 笠井がそれを見ながら、そして、確認するように、読み上げる。
「御遺体の発見は午後十時四十五分。仮にその周辺を死亡時間だとすると、手首を切ったのは、九時十五分頃。ですが、亡くなった時には、すでに体内からは睡眠薬は抜けていますから、少なくとも、八時四十五分より前には睡眠薬を飲んでいたことになります。しかも、出血で体内の代謝機能は落ち始めてますから、それを考慮すると、もっと早くに睡眠薬を飲んでいた可能性が高いそうです!」
「つまり……」
 と、鳴嶋はホワイトボードの数字を見ながら言った。
「午後九時には、薬が効いてて、とても電話できる状況じゃなかった、ってことか……」
 ますますあの電話が偽装である疑いが濃厚になった。
「よし! 乾武繁に任同(ニンドウ)をかける!」
 そう言った時、別の刑事が入ってきて言った。
「奴(やっこ)さんなら、今日の朝、出張でアメリカへ行ってますよ? 帰ってくるのは、あさってです」
 どうやら、帰国を待って、動くしかなさそうだ。


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