夜。 詠見は璃依と同じ部屋に泊まった。 璃依はベッドではなく、布団だという。もっとも、美台市のアパートでは、もともとベッドが備え付けてあったそうだから、ベッドに寝ているそうだ。 布団を並べ、適当にお喋りをする。あのような活劇のあったあとだから、詠見も少しばかり興奮していて、なかなか寝付けない。それは、璃依も同じらしい。 「ベッドが備え付けてあるって、かなり変よね、そのアパート?」 「あたしと太牙が入ってるアパートって、半ばFACELESSの寮みたいになってるところあるから。だから、先輩たちが、後輩のために、いろいろと置いていってくれてるの。ベッドもそう」 「へえ。私は、美台市に親戚がいたから、そういうのは、ないけど。なんかいいわね、そういうの」 実感として思う。 「うん。だから、あたしもね、何か残して行こうかな、って思ってる」 「へえ。何を?」 「うーん」 と、璃依は考えているらしい。 「本棚は、前からあったし、ハンガーラックもあるし。キッチン用品は、個人の事情とかあるから邪魔になったりして、かえって置いて行かない方がいいし」 ああでもないこうでもない、と考えていたが、ふと。 「そうだ。大家さんにお願いして、ご近所の町会の人との連絡網みたいなヤツ、作っとこう!」 なるほど、と詠見は思う。次に入ってくる者が人間嫌いである可能性もあるが、何かあった時、頼れるのは、やはりご近所さんだ。 そう思ったら。 「ねえ、詠見ちゃん」 「なに?」 「この町、どう?」 と聞いてきた。 「そうね。……田舎だわ」 璃依が苦笑を漏らす。 「……だよね」 「でも」 と、詠見は言った。 「いいところよね」 「でしょ?」 と、璃依がこちらを見た、満面の笑顔で。やはり、彼女はこの町を誇りに思っているのだろう。それは、ここに来た時に感じていた。 「私がいたところって、都会なの。海も山も見えなくて。川も、徹底管理された水路って感じで。だからこそ、自然の風景っていうのに憧れがあって、それをいつまでも何かに焼き付けておきたい、って思って。……私が絵の道を志しているのは、お父さんの影響だけじゃないような気がする」 璃依は静かに聞いている。美台市は臨海都市だが、学園や下宿があるところは内陸部であり、実は海から遠い。もう少し近ければいいのに、などと思いながら、ほぼ毎週末はバスに乗って、海岸線まで来ている。その付近や、そこにある立体物をモチーフした絵は、デッサンやクロッキーも含めれば何枚になることか。
璃依が「そろそろ電気、消そうか」と言ったのでそれに首肯する。 常夜灯の明かりの中で、詠見は言った。 「久能木さん、宇津くんのこと、好きでしょ?」 一瞬、息をのむ気配があったように思ったが、すぐにそれは肯定の意に変わった。 「……うん」 「で、宇津くんは気づいてない、と。……ねえ、なんかアプローチとかした?」 「ううん。なんか、怖くて」 「怖い?」 「うん。……あたしと太牙、幼馴染みなんだ。これは、話したよね?」 「ええ」 二人が幼稚園からのつきあいだというのは、去年の九月に転校してきて、まもなく聞いた。璃依から聞いたと記憶している。 「これって、とっても微妙な関係なんだ。なんか、親しい分、踏み込んだ瞬間に、何かが壊れるような気がして」 「そういうものなの?」 詠見にも、いわゆる幼馴染みと呼べる相手がいたが、その男子に対してはなんとも思っていないし、高校に上がった時に別々になったが、その時も何ら感慨を覚えることはなかった。 「いつからかは、あたしもよくわからないんだけど。でも、いつの頃からか、太牙の存在があたしの中で大きくなってた」 その声に乗るのは、甘い感傷。それに感化されたわけでもないだろうが、詠見は思わず言った。 「札に聞いてみようか? いいアドバイスがもらえるかも?」 沈黙があった。しばらくして。 「ううん、やめとく。……ありがとうね、詠見ちゃん」 彼女が札によるアドバイスを断った理由はわからない。「悪い結果が出たら、どうしよう」という恐怖もあるだろうし、「そんなものに頼りたくない」という気概もあるだろうし。 ここは彼女の意志を尊重しよう。 「わかったわ。もし知りたくなったら、いつでも言ってね」 小さく「うん」と聞こえたような気がしたが、空耳かも知れなかった。
(CASE10−5−EX・了)
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