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作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第80回   CASE10−5−EX
 夜。
 詠見は璃依と同じ部屋に泊まった。
 璃依はベッドではなく、布団だという。もっとも、美台市のアパートでは、もともとベッドが備え付けてあったそうだから、ベッドに寝ているそうだ。
 布団を並べ、適当にお喋りをする。あのような活劇のあったあとだから、詠見も少しばかり興奮していて、なかなか寝付けない。それは、璃依も同じらしい。
「ベッドが備え付けてあるって、かなり変よね、そのアパート?」
「あたしと太牙が入ってるアパートって、半ばFACELESSの寮みたいになってるところあるから。だから、先輩たちが、後輩のために、いろいろと置いていってくれてるの。ベッドもそう」
「へえ。私は、美台市に親戚がいたから、そういうのは、ないけど。なんかいいわね、そういうの」
 実感として思う。
「うん。だから、あたしもね、何か残して行こうかな、って思ってる」
「へえ。何を?」
「うーん」
 と、璃依は考えているらしい。
「本棚は、前からあったし、ハンガーラックもあるし。キッチン用品は、個人の事情とかあるから邪魔になったりして、かえって置いて行かない方がいいし」
 ああでもないこうでもない、と考えていたが、ふと。
「そうだ。大家さんにお願いして、ご近所の町会の人との連絡網みたいなヤツ、作っとこう!」
 なるほど、と詠見は思う。次に入ってくる者が人間嫌いである可能性もあるが、何かあった時、頼れるのは、やはりご近所さんだ。
 そう思ったら。
「ねえ、詠見ちゃん」
「なに?」
「この町、どう?」
 と聞いてきた。
「そうね。……田舎だわ」
 璃依が苦笑を漏らす。
「……だよね」
「でも」
 と、詠見は言った。
「いいところよね」
「でしょ?」
 と、璃依がこちらを見た、満面の笑顔で。やはり、彼女はこの町を誇りに思っているのだろう。それは、ここに来た時に感じていた。
「私がいたところって、都会なの。海も山も見えなくて。川も、徹底管理された水路って感じで。だからこそ、自然の風景っていうのに憧れがあって、それをいつまでも何かに焼き付けておきたい、って思って。……私が絵の道を志しているのは、お父さんの影響だけじゃないような気がする」
 璃依は静かに聞いている。美台市は臨海都市だが、学園や下宿があるところは内陸部であり、実は海から遠い。もう少し近ければいいのに、などと思いながら、ほぼ毎週末はバスに乗って、海岸線まで来ている。その付近や、そこにある立体物をモチーフした絵は、デッサンやクロッキーも含めれば何枚になることか。

 璃依が「そろそろ電気、消そうか」と言ったのでそれに首肯する。
 常夜灯の明かりの中で、詠見は言った。
「久能木さん、宇津くんのこと、好きでしょ?」
 一瞬、息をのむ気配があったように思ったが、すぐにそれは肯定の意に変わった。
「……うん」
「で、宇津くんは気づいてない、と。……ねえ、なんかアプローチとかした?」
「ううん。なんか、怖くて」
「怖い?」
「うん。……あたしと太牙、幼馴染みなんだ。これは、話したよね?」
「ええ」
 二人が幼稚園からのつきあいだというのは、去年の九月に転校してきて、まもなく聞いた。璃依から聞いたと記憶している。
「これって、とっても微妙な関係なんだ。なんか、親しい分、踏み込んだ瞬間に、何かが壊れるような気がして」
「そういうものなの?」
 詠見にも、いわゆる幼馴染みと呼べる相手がいたが、その男子に対してはなんとも思っていないし、高校に上がった時に別々になったが、その時も何ら感慨を覚えることはなかった。
「いつからかは、あたしもよくわからないんだけど。でも、いつの頃からか、太牙の存在があたしの中で大きくなってた」
 その声に乗るのは、甘い感傷。それに感化されたわけでもないだろうが、詠見は思わず言った。
「札に聞いてみようか? いいアドバイスがもらえるかも?」
 沈黙があった。しばらくして。
「ううん、やめとく。……ありがとうね、詠見ちゃん」
 彼女が札によるアドバイスを断った理由はわからない。「悪い結果が出たら、どうしよう」という恐怖もあるだろうし、「そんなものに頼りたくない」という気概もあるだろうし。
 ここは彼女の意志を尊重しよう。
「わかったわ。もし知りたくなったら、いつでも言ってね」
 小さく「うん」と聞こえたような気がしたが、空耳かも知れなかった。


(CASE10−5−EX・了)


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