そっからが、またたいへんだった。クモも糸をまき散らして俺たちをかく乱したり、絡め取ろうとしたり、地上での移動が鈍ったんで、糸を近くの建物や樹に巻き付けて空中を移動したり。その内、俺のインジケーターがオレンジになり、璃依のインジケーターがピンクになり。 でも、どうにか制限時間内にジョロウグモを消滅させることが出来た。俺の一撃で。 「じゃあ、始めるわね」 鮎見がそう言って、クモの残骸の前にあぐらをかく。 クモの残骸は、今俺たちの霊眼では、はっきりと捉えられないほど、かすかなものになっている。 「お前さ、スカートだから、そんな座り方したら見えるぞ」 俺がそう言うと、 「見なきゃいいのよ」 と、あっさり返された。今からこいつがするのは、クモの残骸が残っているうちに、そこに宿る因縁を読み解くこと。これで「七不思議事件」の、そもそもの根底にある物がわかればいいが、先のトルソーの時には「自分の彫像を心ないイジメのせいで壊された、かつての美術部員の怨念が、トルソーに手足を補完して、自分の作品を再現しようとした」のが、不思議事件のもとだった。 だから、今回も「根底にあるもの」じゃなくて、「時計が逆回転してしまうに至った因縁」がわかるだけなんだろうなあ。 鮎見は持参したトートバッグから縦横三十センチぐらいの白い布を出し、前に広げた。そして、錦袋を四つ出し、布の上に置く。 そして、意識を集中させて、手をかざすと、一つの袋との間に、小さな光が走った。 「これね」 そう言って、鮎見は光が走った錦袋から一組の札を取り出す。そしてそれを、裏を上にして、布の上に置き、綺麗に左から右に向けて、スライドさせていった。手品師がテーブルの上にトランプを並べた時みたいに、本当に綺麗に並んでる。前にこれ見て、スゲエと思ったんで真似しようと思ったが、出来なかった。 次に鮎見は、特殊な印(俺も璃依も知らない印だ)を組み、マジナイ言葉を唱えた。 「神卜(かみうら)の、御業(みわざ)顕(あらわ)す、歌神(うたがみ)の、御手(みて)宿ります、吾(あ)が手吾が指」 そして、スライドして並べた札の上を、指でなぞる仕草をする。すると、不意にその指が札の一枚を弾いた。それだけじゃない、弾かれた札はクルリって感じで百八十度、回転し、向きが変わった。 ちょっと首を傾げながら、鮎見はその札をめくる。天地が逆になってるんで、いったん戻して、書いてあることを読む。 「長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき」 それを聞いた璃依が頷いた。 「百人一首ね」 鮎見の特殊能力は、百人一首や、いろはがるた(江戸がるた・京都がるた・大阪がるたの三種があるそうだ)なんかを使って、事の真相なり、奥にあるものを読み解く力。「占いの神様」とやらを自分に降ろすのだそうだ。 俺は聞いた。 「どういう意味だ?」 「そうね」と、首を傾げてから鮎見は言った。 「長く生きていると、辛いと思った過去も、いい思い出になる、みたいな意味だけど……。天地逆だから……」 璃依が続けた。 「タロットカードだったら、意味、逆になるよね?」 「すると」と、志勇吾が言った。 「過去のことが辛くて仕方ない、ってことか……。俺が視た情報によると、あの女生徒、五年前、教師と不倫関係にあったらしい。それがバレて退学になったようだ」 俺は少し考えて言った。 「時を戻して、その過去をなかったことにしたい、ってところか」 鮎見がクイッと片方の眉を動かして言った。 「不倫してた過去を? それとも、不倫がバレたって過去を?」 俺たちにわかるわけは、ねえわな。
かくして、昏睡に陥っていた生徒たちは、意識を取り戻した。また、七不思議も一個減ったわけだが、近いうちにまた一つ、生まれることだろう。どういうわけか、「七つ」っていう数は固定らしいからな。 俺たちが在学中に、この事件そのものが解決できるのかどうかはわからねえが。
ま、やるしかねえな。
(CASE1・了)
※各キャラクターの部活は次の通り。 太牙……帰宅部、璃依……放送部、詠見……美術部、志勇吾……陸上部。 特殊能力とは、あえて関係ない部活にしました。「関連あるもの」っていうのは、ありきたりなので。
|
|