「気になる話?」 「ああ。今年の、ゴールデンウィークを過ぎた辺りから出てきた話らしいんだがな。町に来た外部の人が、夜中に例の湖に行ったらしいんだ。なんで、そんなことをしたのか、よくわかんないけど」 「産業廃棄物を、不法投棄できそうな場所を探してたらしいよ?」 と、璃依が言ったのは、とりあえずスルーして、俺は続けた。 「その人、湖から金色の光が溢れているのを見たらしい。あまりにも不思議な光景だったが、神々しいとか、神秘的とか、そういう感じはなくて、ただただ怖かったらしいんだ。そして、その光る湖から、何ものかが現れ、空を舞ったっていう」 話を聞き終え、鮎見がうさんくさそうに言った。 「与太話もいいところだわ」 「だろうなあ」と答えてから俺は言った。 「でもさ、恵磨さん……璃依のお姉さんが、その人から直接、話を聞いてるんだ。朝方、湖から下って、町道に合流するところで、自動車で縁石に乗り上げて、金網、突き破って、川に落ちそうになってるところを保護されて、駐在さんに訳わかんない話をしてるんで、恵磨さんが呼ばれて」 「で、お姉ちゃんが話をまとめたら、『湖から出てきた、ワニの頭をした、巨大な魚が空を舞ってた』ってことらしいわ」 鮎見がちょっと考える。そして。 「まるで『レヴィヤタン』ね」 俺と璃依の声がハモる。 「レヴィヤタン?」 「ええ。聖書に登場する怪魚。一説にワニの姿をしていた、ともいわれてるわ」 俺は、スマホを出して、検索してみた。いくつかサイトを見てみる。生憎「ワニの姿」なんていう記述には当たらなかったが、ちょっと気になる記事を見付け、俺はしばらく読んだ。 「……どうしたの、太牙?」 璃依の声に我に返ると、俺はそれに適当に答え、言った。 「いや、なんでも。……どうだ、鮎見。俺たちで、正体突き止めないか?」 「はあ? 何言ってんの、宇津くん?」 鮎見が眉をしかめたが、俺は構わず言った。 「恵磨さんも、気にすることはないって言ってたし、実際に、美台みたいに昏睡者が出てるわけでもない。でもさ……」 と、俺はスマホの画面を見せながら「気になってること」を言った。 しばらくおいて、鮎見が言った。 「気にしすぎじゃないかしら?」 璃依も「考えすぎだと思うなあ」とか言ったが。 「でも、気にならないか?」 と、俺は気になることの根拠を言った……。
「無理ね。やっぱり深夜の方がいいわ。出来たら、レヴィヤタンが出てきたタイミングで読んだ方がいい」 そうか。まあ、そうじゃないか、とは薄々、予想してたんだが。 璃依が言った。 「じゃあ、今夜、来てみよっか?」 「でもさ。俺やお前の家からだったら、チャリンコで、十分もあればここまで来られるが、鮎見が泊まってる旅館からだと、バスでないと、ちょい、キツいぞ?」 鮎見が泊まってる旅館は、町の、割と中心にある。一方、この湖は町の北西。西にある町との境だ。一応、三十分ぐらいあったら、来られなくはないが、鮎見はここには初めて来たから道がわからないだろう。バスで移動した方が確実だが。 「夜中だから、バスは、ないしな」 「迎えに行こうか?」 「いや、そもそも旅館の表玄関、閉まってるし」 「それじゃあさ」 と、璃依が何かいいことを思いついたように、言った。 「うちに泊まったらいいよ!」 鮎見がギョッとなる。 「あのねえ、いきなり『泊まれ』って言われても、ご家族の方が困るでしょう?」 「それなら、大丈夫! 今日、お父さんは出張だし、おばあちゃんは、温泉旅行に行ってて、あたしとお姉ちゃんと、お母さんしかいないから!」 そう言って、璃依はスマホを出し、恵磨さんに電話をかけた。その返答は。 「着替えだけ、持ってきてくれたらいいから」 というわけで、鮎見は、今夜は璃依の家に泊まることになった。
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