「ねえ、まだなの?」 鋪装された幅十メートルの広い坂道を上がりながら、鮎見がボヤいた。ゼェゼェと、肩で息をしながら。 「ちょっと休憩しましょ?」 鮎見の声に、俺と璃依は顔を見合わせ。 「そだね。ちょっと休憩しようか」 と、璃依が笑顔で言った。 時刻は午前八時半。お日様の角度はまだ低いが、上から照りつけてくる日射しは殺人的なものになりつつある。 俺たちは道路脇の草むらに腰掛け、それぞれが持参したドリンクのペットボトルを手にする。 鮎見が言った。 「二人とも、こんな坂道、よくも長時間、歩けるわねえ。そんなに元気余ってるの? 野生児なの? それとも猿なの?」 ペットボトルのふたをねじ切る鮎見に俺は言った。 「失礼なヤツだな。お前が体力なさ過ぎ」 「私が住んでたところは平地だから。あなたたちのような『山の民』じゃないの」 鮎見がドリンクを飲む横で、璃依もグレープソーダのペットボトルを手に言った。 「まあまあ。あともうちょっとだから。……ほら、あの、曲がり角を曲がったら、もう百メートルほど」 「……」 それ聞いて、鮎見がフリーズする。 今、俺たちが向かっているのは、この町にある山の三合目あたりにある湖だ。この山は今は死火山だが、昔は活火山だったそうだ。そして随分昔、噴火の際に中腹辺りが爆発。そこにある種の平地が出来た。そしてその平地には集落が出来た。ところが江戸時代の初め頃、大規模な山崩れが起きて、その集落は壊滅、さらに崩落した。山崩れを起こした山肌の辺りに窪地が出来て、長い年月をかけて、その窪地に雨水だの地下水だの何だのがたまって、湖になった。そんなわけで、この山はえらく複雑なシルエットを持っていて、綺麗な山体をしていない。 鮎見が口の中のドリンクを飲み込んで言った。 「なんでバスとか通ってないの? こんな広い道があるのに?」 それには璃依が答えた。 「さっき見た横道を行くと、例の江戸時代に壊滅したっていう集落跡の遺跡があるんだけど、このあたりには民家は一軒もないの。いろんな利便性を考えて道は整備したけど、ショッピングセンターとか目玉になるような観光資源があるわけでもないから、路線バスを運行するメリットがないんだって」 「でも、湖に魚釣りに来る人とかいるから、その利便性を考えて道は整備されてるし、ここが出来た経緯が経緯なんで、災害なんかの緊急用に、携帯のアンテナも立ってるんだ。昔の市長さんが働きかけたらしい」 「へえ」 そう言って、ペットボトルに口をつけ、ちょっとして鮎見がまたフリーズした。しばらくして、ギギギ、て感じで俺たちを見る。ボトルから口を離して鮎見が言った。 「ねえ、ここの湖は、土砂崩れのあと、雨水とか地下水で出来た、みたいなこと言ってたわよね?」 俺と璃依が頷く。 「だったら、なんで魚がいるの? 川が流れ込んで出来たわけじゃないわよね?」 「さっすが、詠見ちゃん」って璃依が言うと鮎見は「バカにしてるの?」と、ちょっとだけ不機嫌そうな顔になった。 苦笑が浮かぶのを感じながら、俺は言った。 「自分じゃ面倒見切れなくなった魚を、放ちに来る人が昔からいたらしいんだけど。三十年ぐらい前に『バブル経済』っていう、好景気があったんだってさ。その時にここの湖に目をつけたある人が、ここに鯉とかの観賞魚、あるいはフナとかの食用魚の養殖池を作って、ひと山当てようと思ったらしい。鯉って、ものによったら、何百万もするっていうらしいし。ところが『バブルが弾けた』?とかなんとかで、その人の会社が倒産して、その人、ここに魚とか、管理用の施設とかをそのままにして、姿をくらませたそうなんだ。その跡地をこの町に縁(ゆかり)のある人が買い取ったそうだけど、魚をどうするかってことになって。何匹かは食用に適した大きさになっていたそうだけど、ほとんどがまだ小さかったんで、処分するのに忍びなくて、湖に放ったんだそうだ。その関係で、ここにいるのはほとんど鯉とかフナだけど、ニジマスとかもいるんで、ここを釣り場のようにしたらしい。管理施設も、そのまま事務所として機能してる」 「ふうん」 と、鮎見はまたドリンクを飲む。
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