八月下旬。 俺と璃依は実家に帰省した。もっとも、俺たちだけじゃなく、鮎見も一緒だ。 「やっぱり田舎よね。……いいなあ、ド田舎って」 と、ほめてんのか、喧嘩売ってんのかわかんないことを言いながら、鮎見はこの町唯一の旅館に行った。 「なあ、鮎見の奴、自分の故郷(くに)に帰らなくてもいいのかな?」 俺がそう言うと、璃依が微妙な表情になった。 「うーん、詳しく聞いてないし、言いたがらない雰囲気だったんだけど。なんとなく、お父さんと顔を合わせたくない、みたいな感じだったわ」 「ふうん」 まあ、家庭の事情は、人それぞれだからな。 時刻は午後四時。美台市から遠いし、ここ自体が交通の便が悪いところだから、朝早くに出たにもかかわらず、こんな時間になった。 明日、天気がいいという。鮎見は、この町の景色を写生したいと言っていたな。
翌日、午前十時。鮎見は璃依と一緒に風景の写生に出かけたという。俺は。 「どうもっす。お久しぶりッス」 この町の「よろず相談所」に来ていた。ここは昔「久能木(くのぎ)祈祷(きとう)所」みたいな看板が掛かっていたんだが、数年前に「よろず相談所」に看板が変わった。 もともとは、不動(ふどう)尊(そん)を祀(まつ)るお堂で、璃依のおばあさんがやってる、ある種の「講」だったそうだ。だから「良縁成就」や「商売繁盛」のご祈祷なんかをやってたそうだけど、いつの間にか「人生相談」みたいなものをする人も来るようになって、看板を変えたらしい。 また、その方が抵抗感なく、来られる人もいるんだそうだ。 「やあ、太牙くん。久しぶりだねえ」 と、笑顔で迎えてくれたのは久能木(くのぎ)恵磨(えま)さん。璃依のお姉さんで、俺に生体エネルギー実体化のヒントをくれた人、で、去年からこの相談所の所長さんをやってる女性だ。年は真条さんとあんま変わんなかったと思う。 「どう、所長業は?」 俺が冷やかすと、恵磨さんは苦笑いを浮かべた。 「勘弁してよ。『そろそろ楽隠居がしたい』とか言って、私にここの仕事押しつけて、自分は講の皆さんと一緒に、温泉とか行ってんのよ、あの婆さん。私みたいな小娘に、人生相談がつとまるわけないじゃん。せめて、父さんか母さんか、どっちかが跡目継いでくれてたら、私もこの町から出て行けたのに」 いろいろとたいへんらしく、しばらく、愚痴を聞かされた。 で、道場で、麦茶を飲みながら、俺も近況を話した。七不思議事件の背後に、ゲーティアの悪魔との契約があるらしいこと、乾理事長が関わっているらしいこと、七不思議の実体化には周期性がまったくないけど、それはおそらく理事長が悪魔召喚の儀式を行ったら、発動するからじゃないかって推測が立ってること、などなど。 「あくまで推測なんだけど。乾が繁栄を続けるためには、悪魔への生け贄が必要で、その生け贄が生徒たちの生命エネルギーだから、儀式をやって生徒が昏睡状態になって、生命エネルギーが吸われてるんじゃないかって。今はそういうことになってる」 俺がそう言うと、恵磨さんも「たいへんね」と笑った。 「笑ってるけど、マジで深刻なんだぜ?」 と俺がボヤくと、恵磨さんは「ゴメンゴメン」と、ちょっと苦笑い。 風が風鈴を鳴らし、蝉時雨が空を回る。喉を通る麦茶が、空から注がれる陽光を、わずかながら清涼感を持ったものに変える。 不意に、恵磨さんが言った。 「ねえ、璃依とは、どうなの? キスぐらい、すませた?」 真条さんもそうだったけど、恵磨さんもそうか。 「え、と。俺と璃依は幼馴染み以上じゃないよ?」 「うーん、本当にそうかな?」 と、恵磨さんは笑顔になる。 「多分、太牙くんは、自分で気がついてないだけだと思うな。それに、少なくとも璃依は、太牙くんのことを『男の子』として見てるわよ」 「そうですか?」 なんか、いろいろ実感わかねえけどな?
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