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作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第72回   CASE10・4
「鳴嶋さん」
 と、声がした。
 別の警官に乾夫妻を送らせる手配をしてから、再び現場(げんじょう)へ行こうとしたところで、現場のバスルームから部下の笠井(かさい)征人(まさひと)巡査がやってきた。
「どうした?」
「詳しく調べてみないと断定は出来ないそうですが、汚物の状況から見て、現場はここで、ほぼ間違いないそうです」
「そうか。じゃあ、自殺で決まり、だな」
「それが、その」
「? なんだ、歯切れが悪いな?」
 笠井はちょっと困ったような表情になった。
「手首を切ったことによる、失血死で間違いないそうなんですが、ためらい傷がないそうなんです」
「……何?」
 往々にして、手首を切る、といった自殺者は、実行する際、ひと思いにはできずに、いくつも小さな傷をつける。一つには、やはり刃物を滑らせた際に、痛い思いをするからであり、それがために逡巡するからだろうとされている。ためらいきずのことを逡巡創ともいう。
 もちろん、そのようなものをつけずにひと思いに亡くなっている御遺体もないわけではない。手首ではないが、胸を、たったの一突きにして亡くなった自殺死体の報告例もある。
 だが。
「ためらい傷がない……か」
 何か気になる。
「それだけじゃないんです」
 と、笠井は続ける。
「これも、詳しく調べないとなんとも言えないそうですが、御遺体の顔とか、髪とかになんらかの繊維が付着しているそうです」
「繊維?」
 奇妙な単語だ。だから、考えられることを聞いてみた。
「タオルとかじゃないのか? 例えば、顔を洗った、とか」
「そのあたりも含めて、調べるそうです」
 その話を聞きながら、鳴嶋は思った。
 もしかしたら、これはコロシかも知れない、と。

 手抜かりはなかったはずだ。
 自宅へ戻り、ベッドに仰向けに倒れながら、武繁は考えた。
 麻枝に引き出させた金は、麻枝自身に五十万ずつの小分けにさせた。小分けにさせた封筒は、さらに角零の封筒に入れさせ、社長室のデスクの上に置かせた。そしてそれを手に取る時には手袋をしたし、眠り込んだ麻枝と一緒に運び込んだ時にも、指紋はついていない。
 あの封筒や紙幣から出る指紋は、麻枝のものだけのはずだ。
 電話についても、疑われる要素はどこにもないはず。
 いろいろと考えてみるが、殺人を疑われる痕跡は残していないはずだ。
 ただ、別宅がある別荘地から、幹線道へ出る山道では、正直言って、かなり飛ばした。よく事故を起こさなかったと、自分でも思うほどだ。もしかしたら、それを奇異に思う者がいたかも知れない。とにかく、早く行動を取らねばならなかったからだが、対向車はいなかったし、運転中ではあったが、武繁の視界に目撃者は入らなかった。もし目撃者がいたとしても、その車を麻枝のものだと特定するのは難しいはずだし、ましてや運転者の顔がはっきりと見えていたとは思えない。
 あとは。
「これが、どの程度の失点になるか、だな……」
 乾ホールディングス社長の後継指名にとって、この事件が、どのように働くか。いわば「秘書の不祥事」ということになるだろうが、これが「監督不行き届き」に問われるのは間違いない。部下の管理能力に疑義が呈されるだろうことも、ほぼ確実だ。例の「武繁にいい感情を持っていない」抵抗勢力に、格好のエサを与えてしまったことになる。だが、それでも麻枝にいろいろとぶちまけられるよりは、傷は浅い。
 念のため。
「明日にでも、『儀式』を行っておくか……」
 この一件が社長就任に影響しないよう、悪魔に動いてもらう。おそらく来月の半ばにでも、また昏睡事件が起こるだろうが、FACELESSが動くから、意識不明以上の事態、有り体に言って衰弱死のようなことにはならないはず。
 必死に祈れば、早く効果も現れるかも知れない。
 その夜は、神経が高ぶり、結局一睡も出来なかった。


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