「でも、今は違うかな?」 そう言うと、志勇吾が首を傾げる。 「違うって、何が?」 ふと自虐的な笑みが浮かぶのを、紫緒夢は禁じ得ない。 「そこの社長さんがね、知り合いの医大の総長さんに紹介状を書いてくれるそうなの」 志勇吾には、自分が将来、医者になりたいということは話してある。 「その紹介状があれば、医大の方から砂鞠矢高校に働きかけがあって、確実に推薦入学がとれるみたいなんだけど。でも、それって、ズルなのよ。実力もないのに、医大に入ったって、なんにもならないし。そんな学生が医者になったとして、そんな医者に命預けたい、なんて思えないでしょ?」 その言葉に、志勇吾が苦笑いを浮かべる。 「君は立派だ。思ってた通りの人だよ」 「え?」 意味不明の志勇吾の言葉に、思わず、彼の目を見る。 志勇吾がバツが悪そうに、頭をかいて言った。 「俺たちFACELESSは、全国から集められてる。なんらかの見返りを鼻先につるされてね。俺が陸上部にいるっていうのは知ってると思うけど。実は、他の部員には内緒で、一流トレーナーにトレーニングを見てもらってるんだ、無償でね」 そして、溜息とともに言った。 「君の隣にいる資格はないな、俺」 思わず言った。 「ちょっ、ちょっと、待って!? 何でそんな話になるの!?」 「いや、だから、俺はそういう計算で動いてる人間だから……」 「いいじゃない、それで! それが普通だもん! 私の方がおかしいんだもん!!」 自分でも何を言ってるかわからないが、とりあえず、この場は志勇吾の沈んだ気持ちをなんとかしないと、せっかくデートできて、こういう込み入った話も出来ているのに、いきなり「別れ」などということになりかねない。 「え? でも……」 「気にしない! 私、そんなの、全然気にしないから!! いいじゃん、無償でトレーニング見てもらうぐらい! それが駄目なんだったら、無料(タダ)券でエステサロンに行く人は、みんな、地獄行きだわ!!」 「ええ〜っ?」と、志勇吾がなんだか困惑した表情になっている。紫緒夢自身も、もはや何を言っているのか、自分でもコントロールできなくなっているのがわかるが、とにかく志勇吾の気持ちをつなぎ止めねばならない。
落ち着いた頃、話を再開した。その中で、どうやら「いぬいクルーズ」の社長が何らかの魔術に通暁……とまではいかないまでも、それなりに通じているのがわかった。もしかしたら、その魔術で「自分が必要としている人材を引き寄せたい」みたいな願いを発したのかも知れない。 志勇吾が改まった表情で言った。 「君の力を貸して欲しい。詳しい事情を話すけどいいかな?」 志勇吾は自分を全面的に信じてくれている。 そう思うだけで、胸が温かくなった。 「……うん」 そう答えると、志勇吾が「七不思議事件」なるものを話し始めた……。
午後七時。 紫緒夢を駅まで送っていった。彼女は、しばらくこちらに滞在するという。 彼女には七不思議事件やそもそもの始まりであるGフラワー、つまりソロモンの秘宝、そして、悪魔との契約や、おそらく「悪魔召喚の儀式」を行うことで、七不思議が実体化し、生徒たちが昏睡に陥っているのだろうと推測していることまでを、伝えた。 残念なことに彼女自身は「アーク」の所在を知らないということだったが、もし力になってくれるなら、今後、有利になるだろう。 「……それだけかな?」 彼女のことをただ単に「仲間」とだけ、思っているのか? ふと、そう思い、少しずつだが、彼女の存在が自分の中で大きくなっていることに、志勇吾は気づき始めていた。
|
|