「これは?」 志勇吾がそれを見て、首を傾げる。 「私にも、よくわからない。なにかの印章(シジル)……シンボルマークだと思うけど、こんなの見たことないし」 紫緒夢も、魔術の全てを知っているわけではないから、断言は出来ないが。 「断言は出来ないけど、これ、多分、なにかの魔術で使うもの。フランツ・バードンっていう魔術師が使ってたシンボルに似てる気がするけど、よくわからない。私は、このシンボルめがけて、意識エネルギーが収束したら、その意識エネルギーを発する者たちを退けるように頼まれたの。ただし、ボクシングの影が出現したときは、『試運転』の意味もあったから、学園の敷地全体で『エネルギー波の揺らぎ』が生まれたら、同調するようにしてたんだけど」 「同調?」 頷き、紫緒夢は話を続けた。 「私、『意識同調』と『意識転送』の能力があるの」 「……なに、それ?」 「『意識同調』は、どこかにいる『誰か』あるいは、どこかにある『何か』と意識を合わせてその人が見聞きしているものを同じように認識したり、その『何か』の周囲で起きていることを認識するの。『意識転送』は……。そうね、自分の意識を二つに分けて、一つを、どこかに置いておいた特定のアイテムに移して、その『どこか』で起きていることを見聞きする能力。眠っているとき、深い瞑想の時、あるいは意識のないときに起きるのが『意識同調』、起きている時に意識的に起こすのが『意識転送』。ゾディアックはね、十二宮のシンボルを元に人工精霊の元を作っておいて、そのシンボルと私の意識とを合わせて実体化させているのよ。ただ、いつこの印章へ意識エネルギーが集まるかわからないから、意識エネルギーを検知したら、私の意識が引っ張られるように……自動的に発動するようにしていたの」 「そうか。それが自動発動ってことか」 納得したように、志勇吾が呟く。 「『鍵』の設置はね、摩穂に頼んだわ」 そう言って、空を見上げる。白い雲が一つ、流れていったが、青空に変わりはなかった。 「この能力のことを知ってるのはね、両親と摩穂だけだったんだ。……十年前かなあ。砂鞠矢市で高台にある住宅地の一帯が、地滑り起こしたっていう災害があったんだ」 志勇吾が少し考えてから言った。 「確か、全国ニュースになってたよな?」 「うん。私が昔住んでた家も、その近くにあってね、巻き込まれたの。あの災害では、奇跡的に死者は出なかったけど、たくさんの人が大怪我してね。私も、左脚、骨折したんだ。……その時なの、この能力が現れたのは」 そして、かつてのことを語り始めた。
最初はね、夢か何かだと思ったの。薄暗い部屋で、ただ座ってるだけの夢。病院で寝てるから、変な夢見るんだろうなあって。でも、そのうち、そこが自宅のリビングだってわかって、どうやらリビングに置いてある、わたしがかわいがってる熊のヌイグルミの視点らしいって気がついた。 三日目ぐらいだったかなあ。リビングに変な二人組が入ってきて、何か探してるの。サイドボードの引き出しを開けたり、何かを取ったり。私、そのことをお見舞いに来たお父さんやお母さんに話したの。二人とも「夢だ」って笑ってたけど、その二日後、立入許可が出て家に帰ったとき、リビングの様子が、私が言った通りになってたそうなの。 その後も、似たようなことがたびたびあって、両親からは、「誰にも言ったらいけない」って言われたわ。でも、摩穂には話した。 それから、魔術とかに興味を持って、訓練で意識転送も出来るようになった。
この六月なんだけど。 ここ、美台市の「いぬいクルーズ株式会社」に単身赴任してきてるお父さんが……ああ、お父さん、もともと砂鞠矢市の旅行代理店に勤めてたんだけど、ご縁があって、転職したの……そこの社長さんから、「娘さんの特殊技能を貸して欲しい」みたいなこと、言われたんだって。誰も知らないはずなのに、変だなって思ったそうだけど、私の受験に便宜を図ってくれるとか言われたんで、私に話を振ってきたの。私も、その時は、つい引き受けちゃったんだ。
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