木曜日の夜に実体化した「深夜、朝礼台の上で演説らしいものをする白い影」については、その正体はわかった。 金曜日の夜、俺たちは学園に来ている。 「四年前、今田(いまだ)保(たもつ)、北森(きたもり)弥生(やよい)、病気、漫才同好会設立」 志勇吾の読んだ情報だ。そして鮎見が札を取ったんだが、今回は三枚も出てきた。百人一首から二枚、京がるたから一枚。それは。 「わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ」 「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」 「笑う門には福来たる」 そして、鮎見が札を手に「神降ろし」をした。 『ごめんね、弥生ちゃん。約束、守れそうにないや。きっと君の笑顔を取り戻してあげるって言ったのに。きっと再会できるよな?』 それを聞いた璃依が記憶の底をさらうように、「うーん」と唸ってから、スマホをいじる。 「確か、放送部のアーカイブに……。ああ、ダメ、あたしのスマホじゃ、解凍できない」 すると、鮎見がトートバッグからFACELESSの備品であるタブレットを出した。そしてケーブルを出し、璃依のスマホと繋ぐ。データを転送して、何か処理すると。 「出たわ」 俺たちに画面を見せた。それは、放送部の定期活動である、「新規部活動への情熱」みたいなコンテンツだった。 「なんだ、これ?」 「毎年、必ず何件か新規部活動とか、同好会設立の趣意書が生徒会に上げられるのね。それを取材するの。取材対象の生徒も、こうやって放送すれば注目も集められるし、快く応じてくれるんだ」 そこに映っているのは、当時三年生の「今田保」先輩だった。先輩は漫才同好会を設立したいので、協力をお願いしたい、みたいなことを訴えていた。固有名詞こそ出てねえが、自分の命を削ってでも、大事な人を笑わせたい、みたいなことも言っている。 「なるほど、同好会が設立できなかったのが無念だったってことか。でも、それじゃあ、もう一人の『弥生』って人との関係はどうなるんだ?」 俺がそう言うと、鮎見が答える。 「漠然と伝わった限りだけど。その『弥生』って人のために、漫才をやりたいみたい」 なんか、ちょっとややこしそうだな。 俺は少し考え。 「ダメ元で猿橋に調べてもらうか。過去の学籍簿から、なんか、わかるかも知れねえ」
で。 「すげえよな、猿橋(あいつ)の情報収集力。ひょっとして国家権力と結びついてるんじゃねえの?」 翌週月曜日。俺たちは深夜の学校に来ていて、朝礼台の上で何か演説みたいなのをやってる白い影の前にいた。 一応、猿橋にメールしておいたんだ。そうしたら、今日の夕方、あいつからメールが返ってきた。で、璃依たちにも連絡とって今、ここにいるわけだ。 俺は猿橋から送られてきたメールを読む。 「簡単に言うと、今田先輩は二卵性双生児で、妹さんの名前が弥生さん。でも、中学の二年の時にご両親が離婚して、弥生さんはお母さんの方に引き取られて北森弥生になった。弥生さんは市内の別の高校に進学したけど、二年の時に事故に遭って、右手を複雑骨折。この時のことは、市内の新聞にも載ったそうだ。猿橋が何をどう調べたのかわからねえが、弥生さんはジュエリーデザイナーを目指していたらしい」 と、俺はみんなを見た。 みんな、沈痛な表情だ。 鮎見が白い影を見上げる。 「落ち込んで心を病んだ妹さんの笑顔を取り戻すために、漫才をやろうと思ってたのね」 となると、妹さんを連れてきて、ってことになるんだが。 「ねえ、太牙。妹さんの……弥生さんの居所はわからないの?」 俺は首を横に振る。 「さすがに猿橋もそこまでは掴めてねえらしい。高校卒業後、母子揃って引っ越したらしいし。もう少し時間があれば、猿橋の情報収集能力なら、何かわかるんだろうけど、他校の生徒じゃあなあ……」 それこそ、弥生さんが通ってた学校に問い合わせたり、興信所に依頼したりすればわかるんだろうが。 その時、何かを考えていた志勇吾が、夜空に向いて言った。
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