八月第一週の金曜日、午後一時。 リビングでテレビを見ていると、摩穂の携帯に紫緒夢から電話がかかってきた。 「どうしたの、紫緒夢ちゃん?」 『あのね、摩穂』 と、紫緒夢の声は明るい。なんだろうと先を促すと、紫緒夢は弾んだ声で言った。 『彼……春瀬くんと、おつきあいできることになったの!』 「そう。よかったじゃない」 純粋に嬉しい。摩穂の感触としては、春瀬志勇吾は典型的な朴念仁だ。これはきっと紫緒夢は苦労するだろうと思っていただけに、こちらの喜びもひとしおだった。 『金曜に会ったときは、なんか、微妙だったの。春瀬くんも、困ったような、どうしていいかわからないような、微妙な感じだった。それでも、一応、メアドだけは交換してたのね? そしたら、次の週の火曜日の朝、メールが来て! それから、毎日じゃないけど、やりとりして! でね、来週の月曜日、そっちに行くから、火曜日辺り、デートしようってなったの!』 「そう」 嬉しそうな声を聞いていると、こちらの心も浮き立ってくる。 『それで、ついでっていうとアレだけど。また珍しい魔術の洋書を手に入れたから、翻訳のお手伝い、お願いできるかな? かなり厚くて、一人だとちょっと時間が……』 「いいよ、こっちも勉強になるから。……紫緒夢ちゃんってさ、魔術の才能、すごいんだから、そっちに進んだら? 医者とかじゃなく」 すぐに返答があった。 『私、医者を目指すわ』 「……そう。まあ、医大に紹介状を書いてもらえるんだから……」 『その話は辞退しようと思うの』 「え?」 『だって、ズルだもん。それに、実力も伴わないのに、大学に入って、人の命を預かる仕事に就くなんて、できない』 なるほど、紫緒夢らしい。そう思いながら、摩穂は聞いた。 「紫緒夢ちゃんがお医者様になりたいのは、やっぱり十年前の災害で?」 『……うん。あの時、たくさんの人を助けるお医者様を見て、すごいなあ、って。自分も疲れてるのに、怪我人が来たら、すぐにその人を診て。私も助けられたし』 ふと、思い出した。 「そういえば、その時だっけ、紫緒夢ちゃんに『幽体離脱』?だっけ? その能力が目覚めたの」 『「幽体離脱」じゃなくて、「意識同調」と「意識転送」。ここに居ながらにして、別の場所にある「何か」に意識を移すの』 「何にしてもすごいわ。やっぱり、魔術師とか目指すべきだと思う」 その言葉には、紫緒夢は適当に言葉を濁していた。 紫緒夢は来週の月曜に「あのアイテムのメンテナンスに来る」ことになっているので、その具体的な時間等の打ち合わせで、その電話を終えた。
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