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作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第60回   CASE8・2
「いぬいクルーズ株式会社」社長室で、乾武繁は思案を巡らせていた。
 盗聴器については、デスクに置いてあるペンスタンドの裏にセットしてあるのを見付けた。おそらく着けたのは麻枝。これを使って「乾ホールディングス社長推挙」の話や、「悪魔を使って麻枝を抹殺する、という呟き」を、麻枝は知ったのだろう。
 どうやら、武繁が考えていたより、麻枝は頭の回る人間らしい。正直、厄介だ。一時は本当に悪魔による抹殺を考えたが、ひと一人殺すとなると、どんな代償があるかわからない。「事業成功」や「金策」、「ビジネスのアイディア」などとは、次元が違うのだ。
 あるいは「あとくされなく麻枝と別れる」ということも考えたが、盗聴器がある以上、この部屋で行われた「密談」については、ほぼ、麻枝は把握していると考えていい。直近で言えば、「廃棄予定の船を新規建造ということにして、『いぬいクルーズ』の事業に使う、詐欺案件」ということも麻枝は知っているはず。おそらく録音の類いもあるだろう。
 となれば、やはり、抹殺しかない。これまでの感覚では、儀式で一つの「依頼」をすると、動き出すまで三十日前後、必要らしい。もちろん、絶対ではなく二週間程度のこともあるが、いずれにせよ、儀式を行ってすぐ、というわけにはいかないらしい。
 三十日だとすると、定例取締役会まで、一ヶ月ほど前だ。時間的余裕だけで見るなら問題ないだろうが、やはり、代償が怖い。「昏睡」では、すまないかも知れない。また、もし今月中に麻枝が妙な行動を起こしたら、そしてそれが、「武繁に反感を持っている常務」のアンテナに引っかかったら?
 思案の末、武繁は、考えていた「計画」を実行することにした。
「桑原くん、ちょっといいかな?」
 内線をかけ、社長室の隣にある社長室受付にいる麻枝を呼ぶ。
「いかがいたしましたか?」
 しごく普通の事務的な口調と顔で麻枝は言った。
「うむ」
 と言ってから、武繁はデスクの引き出しの、二重底を持ち上げる。麻枝が少しだけ、ギョッとした表情になった。さすがに、この二重底までは知らなかったか、と思いながら、武繁はそこから一通の預金通帳を出す。
「県央部の銀行にある、私の預金だ」
 訝しげな表情で麻枝がそれを見る。彼女が何を思っているか、見当はつく。だから、口元に笑みを浮かべてやって安心させるような声音(こわね)で、武繁は言った。
「安心したまえ。隠し口座の類いではない。あくまで私の『へそくり』だ。万が一のために、この十年、給料から毎月、一定額、貯金しておいたものだ」
 通帳を受け取り、中を確認して、麻枝は言った。
「確かに。この額でしたら、その説明で納得できますが」
 形式上、納得できるが、内心は納得していない。そんなニュアンスを感じたが、それについて説明は不要と判断し、武繁は続けた。
「すまないが、ここから二百万ほど下ろして、それを五十万ずつの小分けにして封筒に入れて欲しい」
 麻枝が、また訝しげに武繁を見る。
 苦笑いを浮かべてやって、武繁は言った。
「乾ホールディングス次期社長の話を、誰かから聞いて知っているなら、君にも知っておいて欲しい。あそこの常務の中に三人、さらに『年寄り連中』の中にも一人、私のことを、よく思ってない連中がいる。彼らに対する『実弾』だよ」
 無論、盗聴器を見付けたことなど、言えるわけはない。あくまで「なんらかの方法で、麻枝は次期社長のこと知ったのだろう」と、推量している体(てい)を見せねばならない。
 少しして。
「五十万でよろしいのですか?」
 麻枝の疑問に、「乗ってきたな」と内心ほくそ笑みながら、武繁は言った。
「まずは様子見、だ」
 納得したのか、麻枝は頷いた。銀行印を受け取ると、麻枝は思い出したように言った。
「今月の『社内報奨』の対象ですが。まだ、月初めですが、一人は彼でよろしいのですね?」
 と、一人の社員の名前を挙げた。
「いぬいクルーズ」には「社内報奨」制度がある。月に一度、一人から二人。いわゆる「金一封」だ。半年に一度の対象者は半期に一度の「賞与」に一定の比率で上乗せ。一年に一度のものは、人事・給与査定に考課させる。
「ああ、一人は彼に決まりだ。この度の『追加クルーズ』のプランを最終的にまとめたのは、彼だからな」
 八月に追加で入れたクルーズプランは、予想に反し、七月最終日の販売開始と同時にソールドアウトとなった。おそらく先月行った悪魔の儀式の効果だろうが、現実的には、その一社員の功績だ。
 すると、麻枝が意味深な笑みで言った。
「金一封程度で、いいの?」
 その言葉に、武繁も意味深な笑みで答える。
「充分さ」
 乾誠介の日記には「十五年目が近づいたら、指輪と書の所有権を、一時的に他の者に譲らないと、半身を失うことになる」のようなことが書いてあった。だから、一人の社員を選び、指輪等、一式を預けた。だが、儀式を行い「契約書更新期間の、最終日前々日まで、その人物に所有権を譲」ったことにしておいた。結果、その社員は、結婚して間もない妻を、事故で亡くした。
「悪い人。あなたこそ、悪魔だわ」
 ニヤリとした麻枝に、武繁は言った。
「とにかく、早いほうがいい。今日中に頼みたい。……今、午前十一時だ。その銀行までは、高速に上がれば一時間ほど。よろしく頼むよ」
 一礼し、麻枝は退室した。
 まずは、第一段階だ。


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