その日、実体化していたのは「体育館の壁を這い回る、黒い影」だ。 まったく、夏休みにまで、七不思議の確認に来るなってーの! 俺がそんなことを言うと、鮎見が皮肉っぽく言った。 「夏休みだから、よ、宇津くん。まったく、体だけは大人だけど、メンタルはまだまだお子様だからね、高校生って」 お前もその「高校生」だろうが、と言い返そうと思ったが、それを押さえ、俺は学園の敷地を見る。 学園への夜間侵入ルートは主に三つ。一つは裏門。このゲートは実は高さ二メートルもない。裏口だからっていうのもあるが、裏口は業者さんのトラックとかがよく利用する関係で、門扉はそんなに重いものが用意されてないそうだ。 二つ目は先生方が利用する方の駐車場のフェンス。これの高さは三メートルぐらいあるんだが、よじ登れない高さじゃねえし、駐車場敷地側に、清掃用具を入れるコンクリ製のボックスがあるんで、ここを足場に着地すれば、実は簡単に忍び込める。 三つ目、実はこれが最多で、最大の問題。敷地の東側は、生け垣になってて、その外側に高さ一メートルほどのフェンスがあって、グルリって囲ってるだけなんだ。十一、二年ほど前、生徒たちの侵入が問題になった頃、このフェンスに有刺鉄線を巡らせるって事になって、実際にそうしたんだけど、ここは車も通る道に面してて、歩行者が車を避けるときに、その鉄線に引っかかって服を破っちゃうってことが、続出したらしい。で、学園に苦情が殺到して、有刺鉄線は撤去。かわりにフェンス自体を高くして、その上に鉄条網を張るって話になったけど「そこは刑務所か?」とか「景観を考えろ」って苦情が殺到して、結局、そのままになってる。 警備員さんを配置するようになってから、監視カメラを設置したこともあったけど、四六時中監視してるわけじゃないし、何らかのセンサーをつけたけど、虫とか犬猫でも反応するんで、事実上、ここは野放しになってるんだ。 それについての対策は、俺たちの仕事じゃねえな。 今回の影の正体だけど、去年の春、つまり俺たちが入学するのにあわせて卒業した人で、ボルダリングに情熱を燃やしてた人がいる。でも、その人、最近、脚を骨折しちまったらしい。それが引き金となって「自分は、もうボルダリングができないんじゃないか」って思ってしまって、その想いがあの「影」になってるわけだ。 まあ、励ますってことがいいんだろうが、問題は。 「どうやって、あそこまで行くか、だなあ」 俺は体育館の壁、そのはるかてっぺんの方を見る。そこに、影が貼りついて、蠢いていた。 俺のぼやきに、璃依が頷いた。 「ねえ、太牙のそのガントレットで、あそこまで行くアイテムとか出せない?」 「出したって、三分後には消えちまうだろ?」 「ああ、そっか」 誰一人、あそこまで行くことができねえんだよなあ。 どうしたもんか、って思ってたら。
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