20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第55回   CASE7・4
 金曜日の午後。武繁が社長室で、企画事業課から提出された、八月の国内周遊、その追加プランの決定稿を確認しているときだった。
「失礼します」
 と、麻枝が入ってきた。
「どうした?」
「いかがでしょうか、追加プランの方は?」
「うむ」
 と、武繁は答えた。
「告知のことを考えたら、今の時期に八月のプランを確認し直すのは不手際でしかないが。だが、新たな船が都合できるのであれば、それを投入しない方が、得策ではないからな。一プランでも運用した方が、今後のためにはいい」
 その追加プランでは「好評につき、クルーズを緊急追加!」のようなコピーを付した日程表があった。名目上、既に告知済みの、あるクルーズプランを、もう一サイクル、追加で販売という体裁をとっている。確かにそのプランは販売後、しばらくして満席となったが、特に「追加要望」が寄せられているわけではない。しかし、そこを「追加の希望があるため」として需要を掘り起こすのが、企業努力というものだ。
「ホテルや、各観光名所との折り合いも、つけられたということだから、これで行こうと思うが。珍しいな、君がこういったことに関心を持つとは?」
 そう皮肉ってやると、麻枝が艶然と微笑み、近づいてきて、デスクに腰掛けた。そして、顔を近づけ、囁く。
「悪魔に始末させるなんて、私のことが邪魔になったのかしら?」
 肌が粟立ち、全身の毛が逆立つのを感じた。
 妖しい笑みで麻枝は言う。
「悪いけど、私、別れる気なんてないから。あなたが乾ホールディングスの社長になるのなら、なおのこと」
「お、お前、どうしてそれを……?」
 声が震えてくる。乾ホールディングス次期社長の話は、まだ「いぬいクルーズ」内部で知る者はいないはずだし、ましてや「麻枝を悪魔に始末させる」という、心に秘めた欲望のことなど、誰も知るものはない。
 また妖しい笑みを浮かべると、麻枝はデスクから降り、事務的な口調で言った。
「それでは、早めに決裁をお願い致します。各部署が動くのに、相応の時間が必要ですので」
 その時、社長室の時計が午後三時のメロディチャイムを鳴らした。
 それを聞き、麻枝が言った。
「これと同じ時計、私のマンションの各部屋にも、つけました。これで私の部屋にいるときも、社長室にいるときと同じ緊張感が保てて、いつかのように、奥様にとぼけた返答をせずにすむわね」
 いつだったか、妻の寿子から電話がかかってきたとき、慌てていて社長室にいることにしてしまったのだが。うっかりドアチャイムの音(マンション管理組合の者の来訪だった)を拾ってしまって、誤魔化すのに難儀したことがあった。
 そして、麻枝は社長室を出て行った。
 あとに残った武繁は、しばし、息を整えた。そして、落ち着きを取り戻した頃、冷静に考えた。
「そうか……」
 と言いかけて、あわてて口をつぐむ。
 あの時、悪魔云々のことについては、うっかり口に出して呟いてしまったような気がする。
 だとすると、一度、確認した方がいいだろう。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1425