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作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第53回   CASE7・2
 零斗は、午後から、猿橋の当主・猿橋隆典のところに呼ばれていた。いったい、何用だろう、と思いながら、「次の間」に入る。
 隆典はいつものように脇息に右肘を乗せた姿勢で言った。
「今日は面白い話を聞かせてやろう」
 隆典はニヤリとする。このような表情は、珍しい。そのように思いながら、正座し、話を聞いた。
「いぬいクルーズの社長・乾武繁、つまり美台学園の理事長じゃが、どうやら乾ホールディングス次期社長の椅子が待っておるようじゃ」
「へえ。それも『南洋で手に入れたお宝』と関係が?」
 あえて「ソロモンの秘宝」のことは言わずにおく。
「さあな。それはわからぬが、それだけではない。いぬいクルーズの経理の人間が一人、出世するようじゃ」
「出世、ですか?」
「うむ。経理部預金課の係長が、総務部企画事業課課長同格に抜擢されるらしい。この中途半端な時期にじゃ。……その者の名は、磨楠(まぐす)章照(あきてる)という」
 聞いたような名前に、思わず息を呑みそうになったが、それをこらえる。その様子を楽しそうに見て、隆典は言った。
「美台学園の理事長の座は退(しりぞ)いたが、儂の息のかかった理事は健在じゃ。零斗、磨楠摩穂なる転校生が来たそうだな?」
 隠すこともない。なので。
「はい。一年B組。父親は磨楠(まぐす)幸三(こうぞう)、乾重機の営業課長です」
 頷き、隆典は言った。
「磨楠章照は、幸三の兄だ。……どうじゃ、妙な繋がりを感じぬか?」
「妙、と仰ると?」
 ちょっと見当がつかない。
 零斗の様子を窺い、何を思うのか、表情を変えずに隆典は言った。
「武繁が乾ホールディングスの社長就任、部下の磨楠章照は出世、その弟は栄転。このような人事が同時に、しかも偶然に起きるなどと考えるような、運命論者ではあるまい、零斗よ?」
 隆典からの判じ物に、零斗はしばし考えを巡らせる。その時間は数秒のようにも、数十秒のようにも思えたが、やがて、零斗は一つの仮説を口にした。
「突飛かも知れませんが。磨楠章照もしくは幸三が、乾武繁の弱みを握った。それ故、兄弟そろって出世した。それはひとえに、武繁が乾ホールディングス社長就任にとっての障害をのぞくため」
「なるほど、突飛じゃのう」
 そう言いながらも、隆典は満足げだ。
「儂の読みとは違うが、まあ、遠からず、といったところじゃ。……儂はな、なんらかの事情で磨楠章照が、乾誠介がかわした密約文書のことを知ったと考えておる」
 なるほど。そういう考え方も出来たか。そう思いながら、零斗は続きを聞いた。
「して。その続きは?」
「秘密の共有、とまでは行くまいが、そのような関係性が成立したとしたら。章照にも幸三にも娘がおるが、単身赴任して来ておる章照の、その娘は今、高校三年じゃ。おそらく受験を控え、地元を離れるわけにはいかんのじゃろう。そこで、まだ一年である摩穂の方を、こちらに転校させた。狙いは一つ。学園にある密約文書を押さえる、あるいは守るためじゃ」
「……」
 正直、そちらの方が、余程突飛に思える。それだと、乾が、「何者かが密約文書の存在を知っていて、しかも狙っているのを把握している」ことになる。いくらなんでも、それは有り得ない、
 ……いや、もし悪魔とやらと契約していれば、可能性としてなら、有り得ない話ではないか。
 そして、それはつまり、隆典も何らかの理由で「乾が『猿橋の動き』を知っていること」を前提としていることになる。
 もしかすると、「猿橋隆典が理事長の座から逐われたと思ったら、その孫が入学してきた。その孫は本来なら飛び級で大学に入っているはず。これは、何かあるに違いない」と、早くから警戒されていた、ということだろうか?
 ひょっとしたら、零斗の動きは、乾にチェックされているのかも知れない。これからは、警戒して動いた方がいいかも知れない。
 零斗がそう思っていると、隆典は言った。
「とすると、じゃ。その娘、密約文書の在処(ありか)を知っておるか、あるいは在処についてのヒントを持っておる可能性がある。零斗、その娘、監視せよ」
「お言葉ですが、自分は一(いち)学生であります。そのようなスパイのまねごとなど、つとまりません」
「摩穂は、中学三年の時に、英語弁論の全国大会で優勝したであろう? その気になれば、生徒会の権限で身柄を押さえることも出来よう。……いい働きを期待しておるぞ」

 部屋を退室し、零斗は思った。
 先日は、まだ「もうろく」してはいない、と思ったが、やはり「もうろく」が進んでいるようだ。弁論大会の優勝者だから、生徒会で身柄を押さえるなど、一体いつの時代の事を言っているのか?
「生徒会は特高ではないのだぞ?」
 そう呟き、溜息をついた。
 やはり、アークを押さえたら、猿橋より、乾に持っていった方が賢明なようだ。
 そう実感しながら。


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