美台学園は七月の第四週の金曜日で夏休みに入ったんだが。 その日、俺と璃依は生徒会室にいた。 「なあ、一年の転校生について、ちょっと教えてくれないかな?」 午前十時半。うちの学校は、補習以外の夏期講習は、基本的に希望者のみだ。だが、猿橋は、いろいろと雑務がある(本人談)ということで、七月中は午前中は毎日顔を出すらしい。 俺の問いに、猿橋はノートパソコンから視線を外して俺を見る。 「どうした、急に?」 「いや、さ。どうも志勇吾に興味持ってるらしくて」 「ほう、春瀬くんに?」 と、ちょっとだけ興味を引かれたように、メガネのブリッジを指で押し上げる。 「それにさ、この火曜日に、訳のわからないこといわれて。あとで確認とりたかったけど、タイミングが合わなくてさ」 「わけのわからないこと?」 これは、璃依が簡単に答えた。 「この火曜日にね……」
話を聞き、ちょっとだけ考える仕草を見せ、猿橋は言った。 「これは完全な個人情報だが」 俺と璃依が頷くのを見て、猿橋は続ける。 「両親が離婚調停中、彼女は母親に連れられ、母親の実家があるこの市に引っ越してきた、ということになっては、いるが」 そのことは、璃依も知っているらしい、「うん」と小さく頷いている。 「それは建前のようだ」 「え?」と、璃依が首を傾げる。 猿橋はなんかのデータを呼び出したようで、パソコンを眺めながら言った。 「彼女の父親だが、乾重工の子会社である、乾重機に勤める会社員でね。本社、つまり乾重工への栄転話があるらしい。ただ、この手の話は微妙だからね、いらぬ妬みだの何だのを買う怖れもある。だから、まず奥さんと子どもさんだけをこちらに引っ越させて、色んな根回しをする、ということのようだ」 なんでこいつは、企業の内情とか知ってるんだろう? この間といい、今といい。一体、こいつの頭の中は……。 まあ、いいか、それは。 「……でかい会社の人間ってのは、やることわかんねえな」 俺が言うと、猿橋がいつものようなシニカルな笑みを浮かべる。 「わからなくて結構。むしろ、わからない方がいい」 そして、画面に目を戻す。 俺は言った。 「そのことと、彼女が言った言葉が、繋がらねえな」 「そうね」 と、璃依も首を傾げる。 「『ひと一人の人生を狂わせたかも知れない』って、あたしたち、そんなだいそれたこと、してないし?」 まったくだ。気がつかないうちに、俺たちは何をやっちまったんだろうな? 「もしかして」 と、璃依が言った。 「あの美術部の無念の主(ぬし)と、何らかの関係がある、とか?」 「十七年も前だぞ? それに名前も分かってるけど……」 と、俺は名前を出した。猿橋が一応チェックしたが。 「こちらに残っている学籍簿で確認する限り、その美術部員と磨楠は関係ないな」 だろうなあ。 「人生を狂わせる。……磨楠家でなく、しいて、『学生』と絡めるなら……」 と、猿橋は言った。 「この月曜日に、全国展開をしている、ある学習塾グループが、高校三年生を対象とした全国的な模試を開催したが」 「模試?」 と、俺は考えた。 「……それこそ、関係ねえ。彼女はまだ、一年だ。それに、俺たちが模試と、どんな関係があるってんだ?」 と俺が言うと、猿橋も璃依も苦笑を浮かべていた。
|
|