放課後、掃除をすませた志勇吾は、教室に残っていた。 正直、転校してきたという一年生に全く興味はないが、一応の礼儀だ。他の生徒たちが部活に向かい、教室にいるのは志勇吾ただ一人。 しばらくすると、一人の女生徒が入ってきた。志勇吾はこの学園の女子生徒を全て把握しているわけではないが、それでも彼女がその転校生だとわかる。パリパリの真新しい制服に、真新しいスリッパ、さらにブラウスの胸につけられた真新しい学園章バッジから知れた。 「君が、転校生の……」 と、志勇吾が言うと、女子が頷いた。 「今日、転校してきた磨楠摩穂です」 女生徒の身長は百五十五センチ程度だろうか。長い髪で、中肉中背、といった感じで、聡明な顔立ちをしている。どこか小動物っぽい印象を感じさせるが、その瞳は何かを計算しなれた光を持っていた。どこか芯の徹ったような声も、その印象を強くする。 お辞儀をし、摩穂が近づく。そして、スカートのポケットから、スマホを出した。 「えっと。早速なんですが」 と、摩穂が見上げた。 「先輩の電話番号とメアド、教えてください」 「……はあ?」
昼休み、例によって屋上で昼メシを食っていて、志勇吾からそんな話を聞かされた俺たちは。 まず、璃依が言った。 「すごいじゃない、春瀬くん! これって、やっぱり!」 鮎見が皮肉っぽく言った。 「これで、暗黒の高校時代を送らなくてすむわね、おめでとう」 俺も言った。 「とりあえず、おめでとう!」 「いや、それが、さ」 と、困ったような顔で志勇吾が言うには。
「え、と。携帯の番号と、メアド、だね?」 女生徒の言葉にとまどいながらも、志勇吾はポケットからスマホを出すと、摩穂は続けた。 「ああ、あと、家の住所、電話番号もお願いします」 「家の?」 「はい。……ああ、それから、先輩は下宿してるって聞いたんで、実家の方の連絡先も」 「……ちょ、ちょっと待ってくれる……?」 「それから、好きな食べ物とか、アイドルとか」 「だから、ちょっと待って……」 「食べ物とか、アレルギーはありますか?」 「え、いや、アレルギーとかは特には……」 「服のサイズは、M?」 「いや、L……」 「靴は二十八ぐらい、ですかね?」 「ま、まあ、そんなとこ……」 「お菓子とか、スイーツとか、甘い物は大丈夫ですか?」 「え、と、人並みには……」 「肝心なこと、忘れてました。誕生日は?」 「十月十日……」 「え、と、それじゃあ、星座は……何座になるんですかね?」 「天秤座だけど……」 「血液型は?」 「B型」 「じゃあ、将来の希望……。すみません、電話がかかってきました。ちょっと待っててください」 「……う、うん……」
「で、一旦廊下に出て、電話が終わってから、また質問攻め。なんていうか、身上調査?ていうの? 聞き方もすごく事務的で、用意されてる『何か』を読んでたみたいで、何が何だか」 ……。 俺たちは顔を見合わせた。鮎見曰く。 「照れ隠し、かしら?」 璃依曰く。 「あたしが思ってるのと、ちょっと違うかも」 俺も。 「相手のメンタリティかな?」 そして、璃依が聞いた。 「デートとかの約束は?」 首を横に振り、志勇吾は答えた。 「そんなの、ちっとも出てこなかったが?」
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