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作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第46回   CASE6・1
「いぬいクルーズ」の社長室で、武繁は「メッセンジャー」と邂逅(かいこう)していた。この「メッセンジャー」は二年前、ヴァレフォルという超常存在から知らされた、契約書の監視者だ。
 守護者ではなく、監視者。それは、契約書を守るのは、あくまで「その時の契約者の義務」だからだそうだ。その旨が契約書にも書かれてある。
 この契約書は、かつては乾鉄鋼の工場や事業所などの敷地を転々としていたそうだが、学園創立とともにその敷地に設置されたという。契約書を設置した敷地内で、契約内容が有効なのだそうで、それがために武繁は、指輪の力を使ってでも、学園のすべてを掌握せねばならなかったのだ。
 なんにせよ、そのメッセンジャーは契約書に何らかの変事が迫っていれば、それを知らせてくれることになっている。ただし、武繁自身に「そういう適性」がないために、そのメッセージを充分に受け取れないし、理解も出来ないが、それでも「何者かが契約書に対して『意識』を向けている」というのはわかった。そして、そのようなメッセージを伝えてくるようになったのは、あの猿橋前理事長の孫が生徒会長になった頃から。
 察するに、「悪魔との契約書」ということまでは掴んでいないとしても、乾にとってアキレス腱となり得る「何か」が学園にあるということを、猿橋は知っているらしい。
 だが、それに対する対抗手段も、どうにか調達できた。
「メッセンジャー」は、「向けてくる意識のレベルが上がった」のようなことを伝えてきたから、猿橋は一層、腰を入れて探索に乗り出すつもりかも知れない。
 空気中に溶け込むように消えていく「メッセンジャー」を見送って、武繁は呟いた。
「グレイのセーラー服にモンペ姿の女学生。確か、学園創立時の女子制服は、セーラー服だったな。……まさか、乾誠介の娘・桃田洋子の姿を元にしているとか?」
 想像に過ぎないが、もしそうなら。そして、その姿で誠介の前にも現れていたとしたら。
 悪魔というのは、なんと残酷な存在だろうか。

 メッセンジャーが姿を消した頃、内線がかかった。急な来客だという。武繁は時計を見た。
 午前十時二十分。アポはない。だが、その客とは。
「綿貫(わたぬき)専務理事……。一体、どのような用向きで……?」
 乾ホールディングス専務理事・綿貫(わたぬき)定央(さだお)だった。そのような役職にある者が、アポイントも取らずに来訪するなどちょっと考えられない。茶飲み友だちであれば「近くまで来たから」というのも、考えられるが、さして親しい間柄でもない。
 奇異に思いながら、部屋に招じ入れる。綿貫は、今年で六十五。少々痩せていて、目つきが鋭く、隙の無さばかりが目立つ男だ。
 コーヒーなどを丁重に断り、麻枝が退室したのを確認して、綿貫は、ソファーに腰掛けもせず、言った。
「武繁さん。乾ホールディングス次期社長の後継指名に、あなたの名前が挙がっている」
「ほう?」
 と、思わず緩みかけた口元を引き締め、武繁は言った。
「兄……圭史(けいし)の病状が思わしくないとは聞いていましたが……。兄には、子どもが三人いたはず。彼らを差し置いて……」
 言いかけた武繁の言葉を遮り、綿貫は言った。
「長男の博史(ひろし)くんは、駄目だ。これまでは、どうにか、もみ消してきたが、これ以上は、かばいきれない。早々に乾家とは無縁にしなければならない。あのような凶状持ちが身内にいたのでは乾の評判に関わります。長女の史恵(ふみえ)さんも、考えねばならない。おかしな男にばかり熱を上げるのは、亡き奥様の悪しき遺伝子を受け継いでいるとしか思えません。次男の清史(きよし)くんは、まだ高校生だ。あなたしか、いないのですよ」
 思わず、笑みが漏れた。だが、これをそのまま、自虐の笑みに転換させてみせると、武繁は言った。
「私は、会長である父の正史(まさし)いわく、『不良品』ですよ? いいんですか?」
 綿貫は、ちょっと息を吐くと、諭すように言った。
「会長も、すっかり弱気になられて、あなたのことを頼りにしておられます。現にこの十年、会長はあなたのことをお認めになるような発言をなさっておいでです。それは、あなたもご存じのはず。昔のことは水に流されてはいかがか、と」
 心の中に浮き立つようなものがあったが、それを押さえ込み、武繁は言った。
「わかりました。もし、指名していただけるのなら、微力ではありますが……」
 その言葉に、綿貫は頷いて言った。
「この九月末に開催される、定例の取締役会で、あなたのことを正式に推挙することになります。ただ、常務の中には、あなたに対して否定的な感情を持つ者もいる。そういった者たちの工作を封じるためにも、なんらかの実績を示していただきたい」
 それに答えると、綿貫は帰っていった。
 武繁は左手中指の指輪を見る。古いもののはずなのに、ギラギラとした光を放っているように見えた。
 この指輪と魔法の書のことについて、父・正史から初めて見せられたときは、兄の圭史は鼻で嗤っていたし、武繁も一笑に付した。だが、十年前、叔父から「いぬいクルーズ株式会社」社長の椅子を奪い取ったとき、縁起担ぎにと、父から指輪・書・誠介の日記類などを譲り受けた兄から、それらをもらい受け、儀式を行った。
 そして、明らかに儀式の効果と思えるものがあり、それ以来、武繁は儀式を続けてきた。
「まさか、この願いも叶うとは……」
 くぐもった笑いは、やがて、高らかな笑いとなっていった。


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