美台市の山林地区は、近隣でも有名な別荘地だ。 ここに、乾武繁の別宅がある。 午後十時。今、ここに武繁と桑原麻枝の二人がいた。この別邸には地下室があり、そこにいるのだ。 「ねえ、またやるの、儀式?」 麻枝がナイトガウン一枚の姿で言った。 「ああ。このご時世、悪魔の知恵と力でもなければ、やっていけんよ」 同じくナイトガウン一枚の武繁は答える。 この部屋の床には魔法円や魔方陣、様々な魔術的シンボルが描いてあった。 「私、調べたんだけど」 と、麻枝が言った。 「この儀式やってしばらくすると、学園の生徒が昏睡状態になるんでしょ?」 「問題ない。いつもより、余計に生命力をもらうだけだ。なあに、あそこにはFACELESSっていう専門機関がある。彼らが行動することで、問題は解決するし、よしんば解決できずとも、四、五日すれば生徒は目を覚ます。もっとも、衰弱しきった状態ではあるけどね」 それを聞き、麻枝が眉根にしわを寄せる。 「それが、悪魔に捧げる生命力?」 「いや、ちょっと違うな。私にも詳しくはわからないが、普段、吸い上げる生命力は、悪魔が我々の願いを叶えるために使う、ある種の『運転資金』のようなものらしい。報酬はまた、別に支払うことになるようだ」 「なるほど、さすが悪魔、抜け目がないわね。でも、そうすると、FACELESSがいろいろと解決したら、運転資金が足りなくなるんじゃないの?」 なるほど、そこに気づいたか。やはり、この女、頭が切れる、と思いながら、武繁は答えた。 「だから、だよ。こうして、頻繁に儀式を行わねばならんのは」 ふう、と息を吐いてから、麻枝は言った。 「九年前、一人、女生徒が死んだって聞いたけど?」 思わず、嘲笑の笑みが漏れそうになったのを押さえ、武繁は言った。 「それはデマだ」 「デマ?」 この女、それなりに切れるが、やはり、それなりのようだ。もうちょっと突っ込んだ調査をすれば、容易にわかるものを。もっとも、そのぐらいでないと、こちらの寝首もかかれるやもしれぬ。この程度でちょうどいい。 そう思いながら、武繁は言った。 「当時、所轄の警察署の署長だった者の娘は、もともと呼吸器が弱かった。そこへ昏睡事件に巻き込まれ、すっかり体調を悪化させてしまった。その事件を当時の在校生が解決させてね。娘の意識も戻った。そして、思い切って転地療養をすることになったが、それが休学中のことで、しかも急だったのでな。多くの者が勘ぐり、そのようなデマが生まれた、というわけさ。その時に、事件を解決した生徒に恩義を感じた署長が、その生徒と、その仲間に特別の便宜を図るよう、命じた。それがFACELESSだ」 「……なあんだ、そういうこと。幽霊の、正体見たり、ってやつね。それじゃあ、創立時に一人の女学生が死んでるっていうのも、デマ?」 「さあな。そんな古いことまではわからん。大体、戦時中のことだ。例え、死者がいても、儀式のせいとは限らんさ。……さあ、儀式を始めよう。悪魔どもはこの儀式の前の『愛の儀式』も大好きだからな」 麻枝がシニカルな笑みを浮かべる。 「『愛』なんて、どの口が言うの? 奥さんが笑うわよ?」 麻枝がガウンを脱ぎ、生まれたままの姿で魔方陣の上に横たわる。 武繁は、テーブルの上の数本のロウソクに火を灯し、部屋の照明を落としてガウンを脱いだ。 そのテーブルの引き出しには、誠介の日記帳があり、あるページが開いたままになっていた。そこに書いてあるのは。
「なんということだ! 洋子が、私と賀代子の大切な娘である洋子が、死んでしまった! 私の目の届く範囲に置いておきたいと思って、開学したばかりの美台國民立志學園に入学させたのが、仇になってしまった! 學園で防空演習をしているときに負った傷が元の、破傷風だった。確かにこのご時世だが、それでも滋養といい薬があれば、助かったはずなのだ! しかし、私は乾の家の入り婿だ。だから、おおっぴらに援助が出来なかった。こんなことなら學園に入れるのではなかった! まさに、半身をもぎ取られた思いだ!
そうか、今わかった。半人分の生命力とは、このことだったのだ! なんということ、半人とは、半身のことだったのだ! この指輪と魔法の儀式書を受け継ぐものに告げる。十五年目が近づいたら、指輪と書の所有権を、一時的に他のものに譲り給え。もちろん、魔法の儀式書のことも、半身をもぎ取られることも言ってはならぬ。これは警告だ。 必ず従うように。さもなくば。
半身を失うことになる」
(CASE5・了)
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