午後四時半。 俺と璃依は屋上にいた。 ここの屋上へのドアの鍵は、午後六時に校務員さんが閉める。それまでは、自由に立ち入ることが出来る。俺は缶コーヒー、璃依はグレープソーダ片手に、ここに上がっていた。 今日は七月第二週の金曜日。ついでに言うと、テスト休みだ。そう、美台学園では、先週の金曜日から、昨日まで、期末テストがあったんだ。で、今日は採点とか色々あって、学校は休み。にもかかわらず、俺たちはここにいる。 実は、また、七不思議が実体化した。試験中の夜中に確認に行くな、って言いたいところだが、今回発生したのは「夕方、体育館の西側の壁に浮かび上がる、ボクシングの試合」。つまり、わざわざ深夜の学校に忍び込まなくても、見ちまうって事だ。 試験期間中は、午前中で生徒全員、下校。門が閉まるし、部活動も、基本、禁止。だが、なんかの予選とか、大会を控えているところは、特別に午後四時まで、という条件で活動できる。 で、見ちまったわけだ、県大会予選を控えていた男女バスケ部の部員が。 俺は転落防止のネット越しに体育館を見ながら、言った。 「何だと思う、今回のヤツ?」 璃依が答える。 「んー。ボクシング部とか、結成された記録とかないんだよね、実際? ……何の無念なんだろうね?」 これまでのことから考えて、何らかの無念だろうが、ボクシング部とかないんだよなあ。設立請願が出された記録もないし。ということは。 俺は、コーヒーを一気に飲んで言った。 「誰かがボクシングに強い想いを抱いている、あるいは抱いていた、以上のことはわかんねえか」 璃依も、ソーダを飲み干して言った。 「詠見ちゃんが何か掴んでくれるかも?」 「そうだな」 鮎見は、先週の土日に、俺と璃依の実家がある町へと行った。俺や璃依、志勇吾がつけているような補助アイテムを作るためだ。先月の空手部の一件で、「素」で平常以上の力を出すことの無茶さがわかったそうで、アイテムの補助があるんなら、その方がいいってことになった。で、俺と璃依が一緒に行って、そこでアイテム作成のためのチューニングをした。ちなみに俺たちの町があんまりにも田舎なんで「なんかの映画のセットみたい」とか言ってやがった。 失礼なヤツだな。 でも、景色は気に入ったらしく、「夏休みに写生に来たい」とか言ってた。 いいヤツだな。 まあ、とにかく、今日、そのアイテムが宅急便で届いたっていう連絡があったから、もしかしたら、何かわかるかも知れねえ。 「ところで話は変わるんだけどな」 と、俺は璃依を見た。 「例の、『悪魔十体につき生け贄一人、それで七人・七不思議』ってやつだけど」 「うん」 「二ほど、端数、出るよな。ゲーティアの悪魔は七十二体だし?」 「出るね。それがどうかしたの?」 「いや、さ。相手は悪魔だろ? その辺もちゃんとクリアされてるんじゃねえかな?」 璃依が首を傾げる。 「クリア、て?」 「だからさ、きちんと七十二で、帳尻が合うようになってるんじゃねえのかな?」 「うーん」 と璃依は考え込む。しかし。 「わかんない。そもそも契約書に、なんて書いてあるかがわかんないもん。見当もつかないわよ。でも、それがどうかしたの?」 「いや、もし、その端数が、何らかの恐ろしい結果に繋がってたらイヤだなって思ってさ」 「恐ろしい結果、って?」 不安げな璃依を見てると、怖がらせちゃいけないな、と思ったが、ここで言わないのもなんか消化不良だ。だから、俺は言うことにした。 「例えば、普段は昏睡中の生徒からエネルギーを吸いとるけど、なんかの条件を満たしたら、起きてる生徒の生命力も無差別に吸いとる、とか、さ」 端数の「二」っていうのが、例えば何らかの条件を満たすと発動する「何か」って気がするんだ。 「ちょっとやめてよ、太牙!」 璃依が大げさでも何でもなく、怖がってるのがわかる。だから。 「すまねえ。アークを見つけて、それを処分すれば、万事、解決だからな。頑張ろうぜ!」 「……うん」 璃依が怯えながら、頷いた。 一瞬。 その端数の「二」が、アークを処分することで発動する「何か」だとしたら、なんて思ったが。 今の段階で、わからねえことは、いたずらに口にしねえ方がいいな。
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