放課後、猿橋が俺たちを呼んだ。今朝、報告しといたからな。 昨夜の一件は「夜中、グラウンドを駆け回る初代理事長の銅像」だった。俺と璃依が学園へ向かっている途中、児童遊園で、変な女がいて、そいつから妙な気が揺らめいてたんで、璃依に任せたが。 俺も残ればよかったぜ、チクショウ! 昨夜の話に戻ろう。 「駆け回る」ってところから、ひょっとしたら「勝負でもすりゃあいいんじゃねえか?」ってことになって、志勇吾が見る限り、やっぱりそれらしかった。で、志勇吾がショートトラックで(もっとも志勇吾は将来的には十種競技を目指しているらしいが、今は幅跳びとかハードルとかに取り組んでる)勝負した。結果は志勇吾の勝ちだったんだが、それでも解決。鮎見の札は、京都がるたの「昔とった杵づか」。おそらく初代理事長は「若い頃は陸上に情熱を燃やしてたんじゃないか」ってことを推測して、猿橋に伝えといた。 「君らの推察通りだよ」 と、猿橋は言った。 「初代理事長の乾誠介は、乾鉄鋼に養子入りする前は雉谷造船の跡取り息子だった。若い頃、陸上をやっていたが跡取り、ということもあり陸上を断念、結局、消化不良の思いをずっと抱いていたらしい。図書室にある自叙伝に書いてあったよ」 つまり「一度でいいから、全力勝負がしてみたかった」っていう想いだったわけだ。ただ、鮎見によると「一人の念じゃない」ってことだったから、同じような無念を持ってた卒業生とかいたんだろう。 「ところで、だ」 と、猿橋が俺たちを見る。 「これは話すべきかどうか、迷ったが。やはり、一応、君たちの耳に入れておこうと思ったんでね。何せ、君たちは最前線の兵隊だから」 そして一呼吸置き、続ける。 「参考程度に聞いて欲しい。この『不思議事件』が七つに固定されている理由だが」 と、猿橋が「Y資金」と「ピー・タイ・ホー」について、話し始めた……。
話を聞き終えて、まず口を開いたのは、鮎見だった。 「私のお父さんのお友達に、会社を経営している人がいるんだけど。その人、『Y資金詐欺』にやられてたわ」 俺は鮎見に向いた。 「なんだ、それ?」 聞いたことない詐欺だ。オレオレ詐欺とかの仲間か? 鮎見がちょっと固い表情で言った。 「その人が資金繰りに困っていたときに、どこから聞きつけたか、未だにわからないそうだけど、ある日、こんな連絡が来たそうなの。『Y資金の一部が、企業支援金としてプールされている。それを融資してもいい』って」 鮎見の話によると。 まずY資金の由来について話があり、そこから、どういう経緯で今に至っているか、どこにどういう形で保存されているか、どういう人間が関わっているか、という説明がまことしやかに語られる。そして、有名人、例えば有力政治家の名前や写真を提示して、信用させる。この頃になると、正常な判断力が麻痺させられていて、信じ込んでしまう。そして、ここで「融資担保金」や「税金対策のため、ある種の金融商品を購入したことにし、その費用として計上するために実際にお金を動かす」なんかの理由で、お金を支払わせ、ドロン。 猿橋が大げさに肩をすくめ、シニカルな笑みを浮かべる。 「いつの時代も、人間の悪知恵には感服するしかない」 志勇吾もなんだか、呆れたように溜息をついている。 「でも、Y資金だとしたら、数字、合わないわよ?」 ジトッと、鮎見が猿橋を見る。 「え? 数字が合わない、って?」 俺がそう言うと、ちょっと驚いた表情をしてから、鮎見は今度は俺をジトッと見る。 「あのな、太牙」 と、志勇吾が言った。 「学園を創立してから七十八年、その時、理事長は六十歳。四十六歳の時にY資金を手に入れたとしたら、十四年遡ることになる。すると、七十八と十四を足して、九十二。つまり、九十二年前のことだ。第二次世界大戦が始まったのは一九三九年だろ?」 「……ああ、そうか、Y資金って、戦時中の話だよな? まだ、戦争、始まってねーわ」 と、俺も猿橋をジトッと見た。 苦笑いを浮かべて、猿橋は言った。 「数字の辻褄が合わないことに、僕も思ったよ、『ああ、この爺さん、とうとう、もうろくしたか』ってね。でもね」 と猿橋はマジな表情になった。 「グループ傘下の会社に出す指示は的確なようなんだ。だから、一応、Y資金について調べてみた。……Y資金にはいくつかヴァリエーションがあるんだが、その中に『Gフラワー』というものがある」 知識にないんだろう、鮎見が、 「Gフラワー?」 と、首を傾げた。 頷き、猿橋は言った。 「ああ。簡単にいうと『ある国の王族が、世界各国から収奪した……奪ったとされる莫大な資金』のことだ。『莫大な資金』というワードが共通している」 そして、デスクの上に置いたマイカップのコーヒーを一口飲む。 「だが、調べていくうちに、実はGフラワーの方が先行して存在していたことがわかった。Y資金の方が、Gフラワーの派生、いや、一部もしくは変形だったんだ」 そして、猿橋はデスクの引き出しから、一枚のA四サイズの紙を出し、俺たちに見せる。
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