ハートから光が消えた。 途端に体がだるく重くなる。女の一撃のダメージと合わせて、体が全く動かない。 うつぶせに倒れ、苦痛に呻いている璃依の傍まで歩み寄ると、女は足の爪先で璃依の脇腹を蹴り上げ、仰向けに転がす。そして、しゃがみ込んで、璃依の顔を覗き込んだ。 「なかなか楽しめたわ。まさか、私なりに全力が出せるとは思わなかった。リベンジ、待ってるわよ?」 そう言って、璃依の左頬を撫でる。 その時、何かに気づいたらしい。 「あら? このネックレス。……エメラルド? それとも、イミテーション?」 先月、FACELESSの顧問、真条愛那が勤めるアクセサリーショップで買った、ネックレスだ。彼女の誕生日は五月にある。五月の誕生石はエメラルド。そういうところから、彼女が勧めてくれたものだ。 もっとも、本物ではない。エメラルドを模したガラス玉で、シンセティックでさえない。 しかし、カットやネックレス自体のデザインが璃依の趣味に合っていた。それに諸説入り乱れているが、パワーストーンとしてのエメラルドの宝石言葉は「幸福」。「女子アナになるんだ」という、夢への励みにもなりそうだった。 女は鼻で嗤う。 「あなた、知ってたかしら? エメラルドって、堕天使の王、魔王ルシファーの石だったのよ? ルシファーは驕り高ぶって、神になろうとして、天使長ミカエルに倒された。その時にエメラルドは砕け、以来、この地上に完全なエメラルドは存在しないといわれているわ。……滑稽ねえ。言ってみれば、エメラルドって、高慢、不完全の象徴。あなた、自ら自分のことを『身の程知らず』って、宣言してるのよ? あなた、高校生のようだけど、夢に溢れてるのよねえ?」 そして、女は璃依の耳元に口を寄せて囁くように言った。 「この、身の程知らず」 立ち上がり、高笑いすると、女は去って行った。 やがて、璃依の意識も遠のいていった。それが苦痛によるものか、緊張が解けたことによるものか、彼女にはわからない。
朝。 アパートの一室で目を覚ます。 あれから、太牙に介抱され、アパートまで連れて帰ってもらった。どうやら太牙は詠見に連絡を取ったらしい。彼女に助けられながら、着替えたことをおぼろげながら覚えている。 起き上がり、ベッドから這い出す……というより、転げ落ちる。体、特に強烈な一撃を受けた左肩が、痛くてたまらない。鎮痛剤の一つ、湿布の一枚も買っておけば良かったと思いながら、そこを押さえ、のろのろと起き上がって歩き、襖をあけると、そこは台所。そして、流しまで行って、蛇口をひねったところで、ドアがノックされた。 「璃依、俺だ。起きてるか?」 太牙の声だ。寝巻だが、幼馴染みでもあり、さほど気にすることもない。 ドアを開けると、太牙が、コンビニの買い物袋を持って立っていた。 「大丈夫か?」 「……うん」 璃依の返答に、一瞬、太牙が沈痛な表情になる。しかし、無理矢理作ったような笑顔と明るい声で言った。 「これ、そこのコンビニで買ってきたサンドイッチと、缶コーヒーだ。とりあえず、なんか、腹に入れとけ。あと、無理すんな、今日は休め。B組の担任の先生には、俺から言っとくからさ」 そして、コンビニの袋を上がりかまちに置くと、太牙は出て行こうとする。思わず体が動き、彼に抱きついた。 「お、おい……!?」 驚いたように、太牙の声が裏返っているが、気にせず、璃依は言った。 「太牙、あたし、思い上がってるの?」 「……は?」 「身の程知らずなのかなあ……?」 「お前、何を言ってるんだ? わけがわから……」 「悔しいよう……」 太牙が沈黙した。 「あたし、悔しい。悔しい……!」 涙が溢れてきた。 太牙は黙って、頭を撫でてくれた。
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