深夜、学校に入った俺たちの前に、白い光に包まれたバンドがいる。まったくの雑音で、何を歌っているかわからな……いや、メロディでさえない。 志勇吾がゴーグルのスペードマークを輝かせて情報を読んだんだが。 「十三年前、気の合う者同士でバンドを組んでいた。ライブ活動で、音楽プロダクションに見いだされ、在学中にセミプロだがCDを出せてもらうことが決まった。ところが、そんな中でヴォーカルの女子が、スカウトしてきた男性と、男女の仲……不倫関係だった……になり、自分だけ、ソロでプロデビューできることになった。それがプロダクション内に漏れて問題化、さらにバンドメンバーにも伝わった。ヴォーカルの女の子に好意を持っていたドラムスとギターの男子が、そのスカウトに制裁。CDの話は白紙になった。当然、バンドの仲は険悪に。なんとか仲介に入ろうとしたキーボードの女の子だったが、ひょんなことから、ヴォーカルの子と喧嘩になり、キーボードの子はその時に手首を骨折する大怪我を負った。示談が成立したので、新聞沙汰にはなっていないが、それが元で、ヴォーカルの子は、表向き、自主退学」 また不倫か。どうなってるんだ、この高校? 「で、だな。どうやら、そのヴォーカルの子の無念っていうか、後悔がこの幻姿を生んでいるらしい。ほかとくらべて、その子の情報だけが、妙にハッキリと伝わってくる」 ゴーグルを、ウェストポーチにしまいながら、志勇吾が言った。 鮎見が雑音をまき散らしている白いバンドを見ながら言った。 「楽しく活動していた頃に戻りたい、ってところかしらね。この雑音は、メンバー間に生まれた不協和音ってことか」 となると。 璃依が俺と同じことを考えていたらしい。 「そのキーボードの子を連れてきて、『もう気にしてないよ』みたいなことを言ってもらったら、解決できるんじゃないかな?」 それがいいんだろう。生徒の想いが元になってるってことは、ある種の生き霊も同然。師匠から言われてるんだが、生き霊の場合、うかつに傷つけたり、本人に叩き返すと、何らかの悪影響が出るらしい。本人の精神にトラウマが出来たりとか。 あるいは。 「無念の解消にならねえから、いくらでも復活する、とか……?」 思わず呟いたが、それを聞いていた璃依も気づいたように言った。 「そうか、力ずくじゃあ、本当の意味で解決したことにならないんだ」 俺たちは顔を見合わせた。 鮎見と志勇吾が首を傾げて「何を言ってるんだ?」みたいなことを言ったんで、俺は自分なりの考えを言った。 「これまで、潰しながらも復活した不思議事件があっただろ? あれって、もしかしたら、強制的にねじ伏せてたんじゃねえか、って思うんだ。だったら、無念の想いが消えたわけじゃねえから、また復活する。そういうことなんじゃねえかな?」 それを聞いた志勇吾が言った。 「これまでは、『倒して』きたからな。……また復活するってことか、大時計とか」 鮎見が呆れたように言った。 「それか、不思議事件の主(ぬし)が、その過去を乗り越えるか」 難しいなあ、それ。
とりあえず、璃依が言った「キーボードの子を連れてくる」だが。 猿橋に調べてもらって、確認してもらったが、難しいとわかった。 翌々日の夜、俺たちはバンドの前で唸っていた。 「今、猿橋からメールがあった」 と、俺は猿橋からのメールを要約する。 「キーボードの女子は、大学卒業後、しばらくして、あるNPO法人に入ったそうだ。そして、その活動で海外渡航。行った先で、現地の人と結婚。現在、その国で暮らしている」 その女子、乾コンツェルンの一企業、「いぬいクルーズ株式会社」の重役さんの娘さんなんだそうだ。聞き覚えのある苗字からすぐにたどり着いたという。本人にも、過去の経緯を確認したそうだ。 なんで一高校生の頭の中に、企業の重役の名前がインストールされてんのか、そっちの方がよっぽど不思議なんだが、今回はそのおかげで助けられた。 「じゃあ、無理っぽいなあ」 と、璃依が言った。海外にいるんじゃ、すぐに来るってことは難しい。 鮎見も、例の札を使った占いが、今回は「無効」なんだそうだ。 「札がね、反応しないの」 と、落胆の表情で言っていた。 となると。 どうしたものか、みんなして唸る。時間もないし(期限付きだからな)、あとで復活するだろうが、やっぱりこの場は滅するしかないか、ってなった時だ。 俺はあることに気づいた。 「なあ、この幻姿がヴォーカルの女子の後悔だとして、キーボードの女子は被害者で、今、海外、ギターとドラムスは、今すぐ連絡は取れないとしても当事者だから、おそらく同じように後悔してる。……ベースの人は? その人は、どう思ってたんだ?」 しばらく三人は沈黙していたが。 志勇吾が急いでゴーグルをかけ、バンドを見た。それだけじゃ不十分らしく、スペードマークを紫色に光らせた。しばらくして、スペードマークが点滅し、赤色の点滅に変わった。銀色の巨人のタイマー音に似た音が響く中、志勇吾がゴーグルを外した。肩で息をしている。相当集中していたらしい。 しばらくして。 「ベーシストの名前は、藤野(ふじの)茜(あかね)。結婚して三隅(みすみ)茜。今、美台学園(ここ)の音楽教師やってる」 俺たちは顔を見合わせた。
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