20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:FACELESS−生徒会特務執行部 Special Edition 作者:ジン 竜珠

第23回   CASE3・1
 ここは、いわゆる武家屋敷だ。
 猿橋零斗は連休も明けて、二週間ほど経った日曜日、祖父の猿橋(さるはし)隆典(たかのり)の屋敷に呼ばれていた。
 隆典はサルハシ・グループの会長職にあり、引退同然の身であるものの、まだ七十六歳で、かくしゃくとしているというところから、隠然ではなく、公然と影響力を持っていた。
 零斗の父・春直(はるなお)は三男坊であり、サルハシグループの一企業「猿橋バイオ」の副社長を任されている。したがって、零斗はまだ当主ではなく、この屋敷に呼ばれたときは、まず、江戸の時分には「使者の間」として使われていた二十畳ほどの畳の部屋に通されるのが常であった。
 しばらくして、ここの執事・今崎(いまざき)が呼びに来た。今崎はまだ四十代だが、その貫禄はなかなかのものだった。どうかすると父の春直よりも立派に見えることがある。
「ご当主様がお召しです」
 それに頷き、今崎の後に続いて、板張りの廊下を歩く。綺麗に磨かれた廊下は、うっかりすると、そのまま足が滑ってしまいそうだ。まだ幼稚園に通っていた頃、ここでスケートごっこをしていて、隆典からこっぴどく叱られたことが、昨日のことのように思い出される。
 当主の部屋ではなく、「次の間」と呼ばれる三十畳ほどの畳の部屋で、零斗は隆典と会見した。その距離は畳、横向きで六畳分。
「零斗、例のものは見つかったか?」
 時候の挨拶も、春休み前の会見以来、およそ三ヶ月ぶりになるご機嫌伺いも何も言わせず、藍色の着物姿の隆典は出し抜けに言った。隆典は、白くなってはいるが頭髪も多く、また肉付きもよく、血色もいいところから、六十代後半に見る者もいる。だが、年相応に、膝の調子が良いとはいえず、杖が手放せない。
 今、脇息(きょうそく)に右肘を乗せて、やや右に傾いて座っている。こうしないと膝の負担が分散できず、立ち上がるのに難儀するらしい。
「申し訳ございません。今しばらく、ご猶予をいただきたく」
 三ヶ月前と同じ返答だ。テンプレートを呼び出して、再現しているに過ぎないが、実際そうなのだから、仕方がない。
 隆典は怒るでもなく、落胆するでもなく。どうやら、予期していた答だと思ったのだろう、ただ唸るだけだった。
「零斗、再三言っておるように、『あれ』はその性質上、必ず学園敷地内にある。これは確かな筋から、聞いた話じゃ。お前を美台学園に通わせたは、ひとえに、『あれ』を手に入れんがためぞ」
 その言葉は聞き飽きたが、零斗は素直に頭を下げる。……と、ここでいつもなら「必ず見つけ出して云々」となるところだが、今日は違う言葉を出した。
「ご当主、是非お教え願いたい。捜すべきものが『縦十寸、横五寸ほどの、箱状のもの』では、捜索に関するヒントがなさ過ぎます。もう少し、詳しく教えてはいただけないでしょうか?」
 詳しいことは知らされていない。今言ったことの他には「厚さはおそらく二、三寸」「真鍮(しんちゅう)または金属製」ぐらいだ。今の情報をもとに、「敷地内のどこか」では探すのは困難を極める。まさか、壁をいちいち破壊するわけにもいかぬ。
 しばしの間があった。この間が何を意味するか、吟味する前に、隆典が言った。
「現理事長・乾(いぬい)武繁(たけしげ)の曾祖父、乾(いぬい)誠介(せいすけ)が、学園を創立して、もう七十八年になる。その間、乾コンツェルンは発展を遂げ続けた」
 乾誠介は、もと雉谷(きじたに)誠介といい、雉谷造船の跡取りだった。それが乾鉄鋼社長の娘に見初められ、婿養子に入った(下世話な評では「授かり婚」だともいう)。社長を継いだ後、銀行業にも手を出し、乾金融総合(現・乾ホールディングス)を核として鉄鋼・造船をメインとした乾コンツェルンを形成するに至った。あくまで噂の域を出ないが、誠介は自分の船を持っており、かつてはそれを使って世界の海を巡ったらしい。その際、どこかで「秘密の財宝」を手に入れた、とされ、それがホールディングスの元手になったといわれている。
 こんなバカな話、今時、都市伝説にもならないが、誠介が世界の海を巡る旅から帰ったとされる四十五、六歳頃から、他業種にも乗り出したのは事実らしい。
「儂はな、その陰には『Y資金』があると睨んでおる。知っておるな、『Y資金』のことは?」
 この話は、中学三年生の時にも聞かされた。いわく「戦時中に、ある国の組織が接収した、旧日本軍の財産が、某所に隠蔽されていて、それが密かに運用されている。ちなみに、その財産を接収されたために日本軍は資金難に陥り、戦争に負けた」というものだ。
 与太話以外の何ものでもない。
 ちなみにこの話は様々なヴァリエーションを生んでいて、面白いところでは「ある国の王族が、世界各国から収奪した『Gフラワー』と呼ばれる莫大な資金があって、その国が経済危機をむかえる度に密かに運用されてきた」という、ファンタジー軍記物のネタのようなものもある。
 どうやら、祖父・隆典は、Y資金なるものを、本気で信じているらしい。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1743