十一年前、七不思議見たさに、夜間に学園敷地内に忍び込む生徒のことが問題になった。そこで、理事長が警備会社と契約し、夜間警備員を置くことになったんだ。 当時は詰め所がなくてね、校舎に増築するまでの間に合わせとして、六ヶ月ほど、今、図書室になっている倉庫の一部を改修して使っていた。 え? ああ、あの建物はもともと倉庫だったんだ。今は旧講堂の一部が倉庫になってるけどね。旧講堂を閉鎖して、倉庫を増改築して図書室にしたんだ。昔は研究舎の三階に図書室があったんだ。今は、そこは部活連絡なんとか、っていう部屋になってるって聞いたけれど。 話を戻すよ? 私が警備員として勤めるようになって、二年ほど経った当時、七不思議の中に「屋上の歌姫」というものがあったんだ。「深夜、屋上に女生徒の幻が現れ、歌を唄う」っていうものだった。 ある晩のこと、私ともう一人の者が、巡回していたときのこと。その頃には、もう本校舎一階に詰め所が出来ていた。本校舎を見回ったあと、私たちは、研究舎の方へ行った。そして、三階の廊下を歩いているときだった。その夜は満月でね。丸い月が綺麗に浮いていた。その光に照らされて、本校舎の屋上に白い人影が光っているのが見えた。 驚いたよ。つい二十分かそこら前に巡回したときには、屋上へ出る鍵は確かに施錠してあったからね。私は、すぐに詰め所へ連絡したけれど、なぜか繋がらない。 だから、私は駆けだし、急いで本校舎屋上へ向かった。もう一人は、詰め所へ向かった。その一人には、白い人影は見えていないようだったけれど。 そして、屋上に上がったとき、私は見たんだ、ここの制服を着て白い光りに包まれた女生徒を……。
仲島さんは、ちょっと息継ぎをするように、深呼吸をして、続けた。 「その後、私が当番の日には、必ず確認した。ほぼ毎回、見ることができた。彼女は、ただ、唄うだけで、何をするでもない。それどころか、私に気づいている様子さえない。その内、真条さんが、その事件を解決したんだ」 そうか、九年前に真条さんが解決した事件って、それか。FACELESS結成前のことなんで、きちんとファイリングされてないからな。真条さんからも詳しいこと、聞いたことねえし。……ていうか、「よく覚えてない」とかって言ってたし。 仮にも最初の事件だし、あんのか、「覚えてない」ってこと? 「その時のことなんだけど」 と、仲島さんは俺たちを見た。俺だけじゃねえ、璃依も志勇吾も鮎見も、興味津々って感じだ。なんといっても、顧問たる真条さんが、どんな風にしてその事件を解決したのか、興味ないわけ、ないからな。 俺たちの表情を見て頷くと、仲島さんは続けた。 「その女生徒の幻が、『ここの卒業生で、唄うことに未練を持っていること』を知った真条さんは、美術部や書道部に手伝ってもらって、トロフィーや賞状を作ったんだ。そして、歌い終わったときに、トロフィーと賞状を進呈した。すると、それまで他のことには一切興味を示さなかった女生徒が、嬉しそうにトロフィーと賞状を受けとり、光の粒になって空へ吸い込まれていったんだ。……そのトロフィーと賞状、今、私の家にある」 「……え?」 俺たち四人が首を傾げた。 仲島さんが寂しそうに言った。 「その女生徒は、私の死んだ娘だったんだ。娘はここに在学中、合唱部にいた。当時は音楽部の中のコーラス隊っていう位置づけから、合唱部に昇格したばかりでね。何度かコンクールに出たが、賞を取ることができなかった。音大の声楽科に進んで歌の勉強をしているとき、娘の喉に病気が見つかった。娘には『ポリープ』と伝えたんだが、実は咽頭がんでね。若いせいで進行が早く、娘は声を出しにくくなってしまった。どこかで自分が、がんだと知ったんだろう。たとえ命に別状がなくなるとは知っても、治療や手術で前ほど唄えなくなると知った娘は、絶望し、自ら命を絶ってしまった」 俺たちの中に沈痛な空気が流れる。特に同じ「喉と声」を自分の生き甲斐にしようとしている璃依は、息を呑んでうっすらと涙さえ浮かべていた。 「だから、私には歌姫が見えたんだろうね、もう一人の警備員には見えなかったのに。あれから九年。再び『歌姫』の幻が現れた、って真条さんから聞いてね」 鮎見が言った。 「そうだったんですか。でも、今回は合唱部。娘さんだとは限らないですよ?」 「それでもね、やっぱり気になるんだ。真条さんが連絡をくれた、ということは、なにか関係があるって思ってるんだろうし」 これは俺の推測だが。 やっぱり、幻や七不思議でも、仲島さんは、娘さんに会いたいんじゃないかな。だから、今日、ここへ来た。 同じことを思っていたんだろう、志勇吾が言った。 「もし、娘さんだったとして、どうなさるおつもりですか?」 仲島さんは寂しげに微笑んだ。 「さあね。ただ、会いたいだけかも知れない。それとも、前と同じ方法が有効なんだったら、今度は私の手から、トロフィーを手渡したいのかも知れない。『もういいんだよ』って、『お前が頑張っていたのは、私が一番よく知ってるよ』って、言ってあげたいのかも知れない」
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