「大火焔(だいかえん)を現じ、大いなる智慧の剣を執(と)って、貪瞋痴(とんじんち)を害す!! 帰命(きみょう)す! 普遍(ふへん)の諸金剛(しょこんごう)に! 暴悪(ぼうあく)大忿怒(だいふんぬ)尊(そん)よ、破壊せよ!! ナマハ・サマンタ・ヴァジュラーナーム・ハーム!!」 俺は不動(ふどう)槍印(そういん)という、ある程度のレベルにならないと使っちゃならない、って言われてる印を組んだ。そして。 「オーム・アジャラーダ・スパタヤ・フーム!」 御真言を唱える。俺の両手が、紅蓮のオーラに包まれる。その途端、俺の生命力が全部持って行かれそうになったが、必死でこらえた。 璃依を護るんだ!! 意識を集中すると、オーラが収束し、赤く輝く槍になった。俺はその槍で、吠えながら、乾を薙ぐ。 カエルが潰れたような悲鳴を上げて、乾が吹っ飛んだ。 次の瞬間、赤く輝く槍が消え、俺は脱力したが、乾も、起き上がれないようだ。だが、よろよろって感じで、どうにか上半身を起こす。しかし、何かをする、という状態ではないらしく、なんだか、ぼーっとしている。 少しして、ヤツは自分の左手を見た。そして息を呑む。 「指輪、指輪がない!」 指輪? ああ、そう言えば、槍で薙いだ時、当たってないのに、なぜか吹っ飛んでいったなあ。多分、槍の霊力の関係だと思うけど。飛んで行った先を見ると。 「……! な、なんだ、あれ……?」 転がった指輪を拾う、一本の左腕。その腕は壁から生えていた。 そして、腕の主が、壁から現れる。えらく古めかしい服を着た西洋人の若者だった。 「お前、ヴァレフォル!」 乾が驚いてる。知り合いか? 『いぬい さん、契約破棄ですな』 「な、なに?」 『魔法円の外へ、指輪を投げ棄てた。立派な契約破棄ですよ』 「ち、違う! 待ってくれ、そんなつもりではないのだ。……事故、そう、事故なんだ!」 『契約書、よく読みましたか? 「理由を問わず」と書いてあるでしょう? 商売人なら、その辺、わかってますよねえ?』 乾は何だか、オロオロしている。 「だから、事故なんだ! 私自身に契約を破棄する意志は……!」 西洋人がどこからか、書類の束を出す。 『ええっと。「我がソロモン七十二霊は、契約者に従い、繁栄を約す。報酬として、契約開始時に、七十二霊のうち、十霊が一人分の生命力、これは契約成立の証(あかし)、十五年ごとに十霊が半人分の生命力、これは「いぬい」の繁栄の印、これを頂戴する。合わせて、九十年、七十霊」。これ、そちらが設定したんですけどねえ。もっとも? 我々を欺(あざむ)くつもりで、実は逆になっているんですけれどねえ』 「だから、指輪が外れたのは、私の意志とは無関係……!」 乾の言葉をまるで無視して西洋人は言う。 『「なお、契約を破棄、あるいは解除、終了した時は、七十二霊の残る二霊に以下の魂を進呈する。一つ、契約開始者・乾誠介、一つ、契約終了者」。つまり、あなたですな、いぬいたけしげ さん』 「だ、だから、話を聞いてくれ!」 『いやあ、おもしろいおもしろい』 西洋人は、徹底して、乾の話を無視している。 『悪魔と深い関わりを持ったものは、とても面白いことになるようです』 「おもしろい?」 と、震えながら、乾が反復する。西洋人が頷いた。 『ええ、面白いこと。……人間はそれを「破滅」と呼ぶそうですが』 それを聞き、乾が引きつりながら、大きく息を引く。なにか、耳ざわりな声を上げ、乾が西洋人に何か言おうと近づいた時。 『それでは、またのご用命を、お待ちしております』 その言葉とともに、西洋人は恭しくお辞儀をし、壁に吸い込まれていった。 なんなんだ、あの男? まさか……。 あれが、「悪魔」なのか? 全然、そんな感じしなかったぞ? 何だか訳のわからない声を上げ、乾が立ち上がり、走り去った。 残った俺は。 なんとか動けるようになったんで、起き上がった。 「そうだ、璃依!」
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