志勇吾はスマホでメールを打った。 『紫緒夢さん、すまない、君の力が借りたい。授業中でたいへんなのはわかるけど、こちらも緊急事態なんだ』 と、志勇吾は今起きている事態を説明する。大蜘蛛はこちらから動かないのであれば、攻撃してくることはないらしい、動く気配がない。そう言えば、いずれのケースも、こちらから仕掛けたことで、向こうが反応していたように思う。ということは、ある種の自衛システムのようなものだろう。 しばらくして、返信があった。 『わかった。あと、十五分ほど待ってくれる?』 十五分か。こちらが動きさえしなければ、大丈夫、という保証はない。 「鮎見」 「ん。わかってる。『意識』も向けるな、でしょ?」 頷き、膠着(こうちゃく)状態に入った。 やがて。 志勇吾のスマホにメールが届いた。紫緒夢は「気分が悪くなって保健室で横になっている」という。 心の中で紫緒夢に感謝すると、志勇吾は例のシンボルを出し、意識を合わせた。次の瞬間、蜘蛛が躍りかかってくる! よけきれない、と思った時、空から光が降ってきて、剣で蜘蛛を斬り飛ばした。 『大丈夫、志勇吾くん!?』 「ありがとう、紫緒夢さん」 心からの感謝を声に乗せ、志勇吾は蜘蛛を見る。 健在だった。 『あいつには、悪魔の力が宿ってる。この人工精霊程度の力じゃ、まるで歯が立たない。逃げるだけの時間しか稼げないけど、いい?』 それはまずい。ここに契約書があるのは間違いないのだ。太牙たちが乾理事長の身柄を押さえられればいいだろうが、そうできない可能性もある。こちらでできる限りのことはしたい。 ならば。 「紫緒夢さん、こちらもちょっと魔術については調べた。邪悪なモノを退ける『五芒の追儺』っていうものがあるんだろ? それを使えば……」 紫緒夢は首を横に振る。 『この精霊体じゃあ、ちょっと時間と気力が必要なの』 「じゃあ、私と意識を合わせてくれる? そうすれば、時間短縮できるわよ」 詠見がそんなことを言った。 『え? でも、できるの、そんなこと……?』 詠見がチョーカーのスイッチを入れ、クローバーマークをペリドットに光らせる。 『私も、覚えたわ、「五芒の追儺」の手順は』 しばらく考え。 『ごめんね、詠見ちゃん! あなたの気力、使わせてもらう!』 そう言った次の瞬間、乙女座(せいれいたい)の姿と詠見の姿が重なる。蜘蛛が動き始めた時。 詠見が剣を手に呪文を唱え始めた。 『ヨド・ヘイ・ヴァウ・ヘイ、アドナイ、エーヘイエー、アーグラー……』 まるで紫緒夢と詠見の声が重なったような不思議な声だった。呪文の詠唱は早口で、蜘蛛の動きを凌駕している。 『……我が四囲(しい)に五芒は燃え、我が背に六芒、輝けり』 呪文の詠唱が終わると同時に、天から光のカーテンが降り、志勇吾たちを包んだ。 「これで、ヤツを倒せるのか?」 『いえ、今の状態では、滅ぼすのまでは無理。退けるのが手一杯ね』 その言葉通り、蜘蛛は近づくことが出来ないものの、消え去るまではいっていない。だが、これで契約書探索に集中できそうだ。 『私は、より威力の高い呪文に取り組むわ。詠見ちゃん、もう少し頑張ってね』 そう言って、紫緒夢は次の呪文にとりかかった。 『王国の威光、我が左足と右手に在れ、栄光と久遠(くおん)、我が肩に宿りて、我に勝利を! 慈悲と正義……』 その途中だった。
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