電話で「頭から血を流している」という話を聞いたから、念のためにタオルケットを持ってきて正解だった。 佐溝の上半身をタオルケットでくるみ、後部座席に転がし、奈帆は車を走らせる。時間を確認した。 午後八時五十分。 奈帆は、普段、髪のえり足を束ねている髪留めを外し、助手席に置いた。新婚旅行で訪れたフランスで作った、一点ものだ。髪をまとめ、助手席に置いておいた帽子を被る。万が一、顔を見られても、自分とわからないように、眼鏡とマスクも着けた。 帝星建設本社ビルは、中央区の中心部にある。ここから直行すると、芯岳区の南西部にある海水浴場へは、二十分もあれば、到着するだろう。脳内でルートを検索する。上石津十区の東にある、青清木を経由して迂回すれば、今の時間の交通事情ならば、大体、五十分前後。青清木には、公園がある。そこで、少し気を落ち着けていれば、十時頃に、海水浴場に着くだろう。 海水浴場に着いたら、管理棟の倉庫を開けて、そこから台車を出し、それに死体を乗せて、運ぼう。今の季節の、この時間、海水浴場を訪れる者はいないはずだ。死体を波打ち際に転がしたら、十時二十分頃には死体が発見されるようにしないと、晴幸のアリバイが成立しない。彼は、夜の九時頃から、十時半頃まで、社にいて、仕事をしていることになっているのだ。もし万が一、警察から話を聞かれるようなことがあったとしても、そのことは、警備員室で、鍵を借り出し、返却することで、警備員が証人となってくれる。 では、どうやって死体を発見させるか。 ありきたりだが、「海水浴場で喧嘩している人がいて、一人が殺されたようだ」のような、匿名電話でも入れようか。 そう思っていたら、青清木の公園に着いた。 駐車場に車を停め、ひと息つけよう。とりあえず、今の計画に、ミスや漏れがないか、チェックしなければならない。 車を降り、そこから五十メートルほど歩いたところにある、公園南口にある自動販売機で、ホットカフェラテのペットボトルを買う。 少々、熱かったが、それでも三分の一ほどは一気に飲んだ。 喉が焼けるような感覚に、一時的に血圧が上がり、そのせいか、興奮とともに動揺が襲ってくる。 自分はなんてことをしているのだろう。 だが、頭を振り、冷静さを取り戻そうと、呟いた。 「もう、引き返せないの……」 そう、夫は現実に殺人を犯してしまった。その背後にあるのは、横領。 自分はもう、「犯罪者の妻」であるという事実は、消せないのだ。 その時、ふと、速やかに父に連絡して、晴幸を警察に突き出し、離婚した方が良かったのではないか、という考察が生まれる。 なんてことだろう、なんで、もっと早く、これに思い至らなかったのか! 殺人の現場に立つ、というのは、生まれて初めての体験だ。動揺し、正常な判断が出来なくなっていたに違いない。 だが、ふと「父の立場」というものが、頭をよぎった。 それを考えると、隠蔽が最も望ましいのではないか? あるいは。 あんな男でも、愛していた、護りたかった、ということだろうか?
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