ここは、どうあっても、佐溝が死んだときの、晴幸にアリバイがないとならない。 「ねえ、今日ここで、あなたと佐溝さんが会うことを知ってる人は?」 「それは、いないはず。事情が事情だから、佐溝さんも、誰にも言わずに、僕に会いに来た、って言ってたし」 十一月四日は金曜日。帝星建設では、毎月初めの金曜日は、急ぎの仕事やなんらかのプロジェクトが進行中でなければ、「ゴゴサン・フライデー」が徹底されているはず。この「ゴゴサン・フライデー」は、もともと「プレミアムフライデー」に連動したものだったが、やはり月末近くは、各種書類の整理などに追われて、現実的とは言えず、全社レベルでの導入が困難だったらしい。そこで月初に持ってきたという。「午後三時に退社する」ことから「ゴゴサン・フライデー」と、名付けられた。 運が良ければ、ここで晴幸と佐溝が会っているところを目撃した人間はいないはず。 いや、運に頼るわけにはいかない。やはり、佐溝の死亡時に、晴幸にアリバイがないとならない。 まさか、電話で指示したことが生きるとは思わなかった。 「ねえ、電話で言ったもの、何か、あった?」 「あ、ああ。いかにも『なにかの約束をしている』ように見える、メモ類、だね? デスクの引き出しに、そんな感じのものが、何枚か、あったんだけど」 と、晴幸はポケットから、ハンカチにくるんだ紙を数枚出す。 その中の一枚が目にとまった。 「十時、海水浴場 SIL」とある。 晴幸が言った。 「この間の日曜日、朝の十時に、佐溝さんと海水浴場で、会う、って約束をしたんだ。多分、その時のものだと思う」 「あなたとの約束?」 うなずく晴幸を見て、奈帆は考えた。 「十時」というのは、午前十時にも、午後十時にも解釈可能だ。だから、これを今夜の十時に思わせることが出来れば。だが、このメモから、晴幸との約束が推測されてはならない。 「『SIL』って、何?」 「わからない。あの人は、なんでも略す癖があったから」 「……そうだったわね」 奈帆とつき合っていた当時、デート中に佐溝に電話がかかってきて、彼は手帳に時間と場所らしきものを記した後、「SMH」と書いていた。「Sacrifice My Holiday」……「休日返上」のことだと言っていた。 もしこれが、晴幸との約束のメモだとしたら? 奈帆は、脳内で検索した。SILから、晴幸に繋がったりはしないだろうか? しいて言うなら、「I」は晴幸の旧姓である「石毛」の「I」に思えなくもないが、「S」と「L」がわからない。 もしかすると、晴幸に結びつく「何か」かも知れないが、身内である奈帆や本人である晴幸でさえ気がつかないのだから、警察や第三者にわかるとは思えない。ひょっとすると、佐溝の個人的感想の類いかも知れず、そもそも、その約束のメモではない可能性もある。 「これを使うわ」 「そう」 「SIL」が気になりはしたが、この部分に手を入れたり、千切ると不自然だ。このままにしておこう。 「佐溝さんが、海水浴場に行ったことにする。海水浴場。……好都合だわ」 「好都合?」 「ええ。砂浜なら、流れ出た血は、砂地に吸い込まれるし、波打ち際に死体があれば、波に洗われて、さらに血が洗われる。たとえ、その場での血の量が少ないって思われても、『犯行現場は海水浴場』って、特定されるはず」 となれば。 「あの海水浴場に、石毛建設……あなたのお父様の会社が作った、管理棟があったわよね? マスターキー、ある?」 「う、うん」 「持ってきて。あと、他の鍵、そうね、地下倉庫辺りの鍵も持ってくるのよ、捜し物がある、とかって言って。時々、他の倉庫とか、資料室とかの鍵も借りるのよ? ……キーストッカーは、今も、警備室の出入り口のところにあるのよね?」 「う、うん。管理棟の鍵も、そこにある」 それを聞き、奈帆の頭が回転する。そして。 「まず、佐溝さんの死体を私の車の後部座席に運ぶわよ。あなたは、十一時頃に、佐溝さんの車を、海水浴場の、駐車場から離れたところに、乗り捨てて。駐車場に近づけちゃ駄目よ? その頃には、死体が発見されて、その辺りに警察が来るようにしておくから。そこから、適当なところまで歩いてから電話して? 迎えに行くわ」
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