夫、小金井晴幸……もっとも今は石毛晴幸だが……から、十一月四日の夜八時に電話をもらったときは、何が起こったのかと思った。夫は何を言っているのか、自分は何を聞いているのか。 晴幸はこう言ったのだ。「誤って、人を殺してしまった」と。 一、二分間は、奈帆も混乱していたと思う。だが、どうにか冷静さを取り戻し、状況を聞いて、自分がそこへ行くまでのことを、指示した。 夫が人を殺した場所……帝星建設本社ビルの駐車場へ行ってみると、植え込みのところで、夫がへたり込むように座っていた。 このあたりには、防犯カメラはなかったはずだが、それでも用心しながら、近づく。 「何をやってるの、あなた!」 小声で言ってみる。 晴幸が泣きそうな……いや、実際に、泣いた形跡があったが、震える声で言った。 「な、奈帆さん、ど、どうしよう……、ぼ、僕……」 肩も震えている。 これが自分が選んだ男か。 以前は、佐溝充政とつき合っていた。あの男は尊大極まりなく、それが鼻についてきたので、切った。晴幸はそういうところがなく、また、優秀であり、ある意味でコントロールしやすいと思ったが、こうなると、物事に動じることのなかった佐溝の方が、まだマシだったかも知れぬ。 情けない。 そう思ったが、事後処理が先決だ。 「ねえ、死体は、どこ?」 ここは、自分が気丈にならねばならない。 よろけながら、晴幸が、ちょうど、駐車場と、社屋の間にある植え込みの陰に転がっている、死体のところまで、案内する。死体は、頭から血を流していた。 それを見て、息を呑んだ。 電話では聞いていたが、こうして実際に死体を見ると、自分自身も気が遠くなりそうになる。 だが、ここは、覚悟を決めねばならない。 「ねえ、どうして、彼を……佐溝さんを殺したの!?」 電話では、詳しい事情を聞かなかったが、うまく事を運べば、事故、あるいは正当防衛に出来るかも知れない。 しばらく言いよどんでいたが、それでも、晴幸は口を開いた。 「じ、実は、僕、社のお金に手をつけていて、それを、佐溝さんに知られて……」 「……強請(ゆす)られていたのね?」 晴幸が頷く。 なんということだろう。これでは、たとえ事故や、晴幸の正当防衛に偽装しても、何らかの事情で晴幸の横領が明るみに出て、佐溝が関係あると知られると、真っ先に彼による殺人が疑われる。 横領だけならまだしも、殺人も加わると、破滅は免れない。 「殺すつもりは、なかったんだ。ただ、もうやめてくれって僕が言って、いつの間にかもみ合いになって、突き飛ばしたら、よろけて、壁の角に頭を打ち付けて……!」 涙で顔をグシャグシャにしながら、晴幸は言った。 奈帆の頭脳がフル回転をする。
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