会議が終わった後、僕は、なんとなく談話室に行った。 すると、そこに、天夢ちゃんと高谷さんがいて、教科書とかノートを開いてた。 「天夢ちゃん、宿題?」 と、僕が声をかけると、天夢ちゃんが苦笑いで応えた。 「あたしたちの学校、今日が、一学期の終業式だったんですけど。でも、来週からは、午前中に夏期講習があるんです。あたし、申し込んでて。で、これ、その講習で使う、英語のサブテキストなんです。高谷さん、英語が得意だから、ここで予習しておこうと思って」 なるほど。天夢ちゃんは英語がそれほど、得意でない、と。 僕も人のことは言えないけど。 高谷さんが、サブテキストを、パラパラとめくって、言った。 「これ、完全に筒田(つつた)先生の趣味ね」 「うん。あの先生、外国の文学を、いかに素敵な文章に訳せるか、っていうのに、こだわりがあるから」 「一年の時に、身に染みてわかったわ」 そして、高谷さんは、適当なページを開いて言った。 「『Hang the boy、can’t I never learn anything』。天夢ちゃん、どう訳す?」 「え? ……うーん」 と、天夢ちゃんは、トートバッグから、英語の辞書を出してめくる。しばらくして。 「『小僧、お前を絞首刑にしてやる、私は何も、学んでない』……。……かな?」 高谷さんが声を立てて笑った。 ちょっとビックリした。この子、すごくクールな印象があったから、こんな風に笑う、……いや、感情を持ってるっていうのが、新鮮だった。彼女には失礼だけど! 「最高だわ、天夢ちゃん! この程度のイタズラで、いちいち絞首刑になってたら、トム・ソーヤーは何回、死んでるのかしら? ……私が昔、読んだ本では『この悪ガキめ、私も物覚えが悪いわ』みたいな感じだったわ」 「そ、そうなの……?」 と、天夢ちゃんが赤くなる。 「まあ、いいんじゃないかしら、このぐらいのことは。私のクラスの子だけど、『悪ガキ』を『evil boy』って英訳した子がいて、筒田先生に注意されてたわ」 「……違うの?」 「『evil boy』だと、『邪悪な子、悪魔の子』って感じなの。『悪ガキ』って、どこか、憎めないイメージがあるでしょ? その場合、『rascal』になるの」 「そうなんだ」 へえ、「ラスカル」か。一つ、勉強になったな。 「じゃあ」と、天夢ちゃんが言った。 「『悪くない子』は?」 「つまり、『いい子』ね? それは、普通に『good boy』とか『good girl』じゃないかな? ……そうそう、その子、注意されて、ちょっとカチンときたのか、『じゃあ「神の子」は、evilの「反対」で「live boy」ですね』って言って、筒田先生から、課題を出されてたわ」 その時のことがおかしかったのか、高谷さんは、大きな口を開けて、ケラケラ笑う。 会議で見るのとは、全然違う姿に、僕は、なんだか、新鮮な驚きを感じていた。 天夢ちゃんも、笑いをこらえた感じで言った。 「『live』だと、生きてる、とかって意味になるよね?」 高谷さんが笑いながら、頷く。 「でも、あながち、デタラメでもないの。悪魔崇拝では聖句を逆から読むそうだし、ある種の呪文を逆から読むことで、呪いをかけるっていう呪術もあるし。『live』も、生命の輝きって解釈すると、その逆の『evil』は、生命を滅ぼす邪悪なものって、とれなくもない」 そう言って、また笑う。……笑い上戸だったんだ、彼女。本当に、会議の時とは別人のようだ。こうしてみると、彼女も、普通の女子高校生なんだな、って感じる。 ちょっと笑った天夢ちゃんだったけど、不意に表情が固まった。そして、真面目な顔で天井を見て、何かを考え、辞書を開く。 なんだろう? 高谷さんも、不思議に思って、天夢ちゃんの手元を見ているようだ。 しばらくして、天夢ちゃんが高谷さん、そして僕を見た。 「笑わないでくださいね? もしかして、ケルベロスがオルトロスになったのって……」
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