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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第88回   肆の五
 剣先が突き刺さった。刺さるには刺さったが、ダメージを与えた感じが、まったくしない。
 やはり、銀の勾玉では、物理的攻撃力は、やや減衰するらしい。
 それとも、天夢が非力か、大蛇が強大すぎるのか?
 天夢は剣を抜き、回り込んだ。そして、なるべく遠くへ行き、浮上する。
 それを察知し、二、三百メートルぐらい先で、大蛇の首が八本、一斉に天夢を見た。十六の目が、妖しい赤光(しゃっこう)を放ち、天夢を見下ろす。
「都牟刈」の符を抜き、その力を解除する。そして。
「二の柄、水! 謹請、大綿津見の神! 神力招呼火急如律令!」
 ある種の、咒力の二重掛けだ。本来なら、大量の「氣」を消費するが、幸い、ここは海の上。その水気を使うことができる。
 水気をチャージしていると、千紗の声が、直接、頭の中に届いた。
『神室、トホカミ結界の、「ト」の気を回す』
「トホカミ結界」のベースは「トホカミエミタメ」の五咒詞(ごじゅし)だ。この八音は「ト」「ホ」「カミ」「エミ」「タメ」の五つの咒詞に分かれるとされ、それぞれが「水(スイ)」「火(カ)」「木(モク)」「金(ゴン)」「土(ド)」の五行元力(ごぎょうげんりき)を表すとされる。
 結界の形成中に「ト」の気を回すなどといったことをすると、それだけ結界の形成に時間がかかるし、千紗にとっても、相当な負担になるはずだが、それをしてでも、仕留めねばならないということだ。
 この大蛇が引き起こす「歪み」がどの程度か、わからない。もしかすると、今回で、即、魔災に繋がってしまうかも知れないのだから。
「わかりました!」
 答えると、天空に、巨大な円が現れる。その円周上に、緑色に輝く丸が現れ、グルリと回って天夢の直上に来た。そこから、光が降りて、天夢を包む。
 水の気が天夢の全身を満たし、溢れる。
 剣の切っ先を海面につけ、天夢は駆け出した。大蛇の周囲を囲むように駆け、直径七百メートルほどの円で、大蛇を囲む。念を剣に通し、全身の氣を、円に流す。
 何度か、三十一日の魔怪相手に使ったことがあるが、今回は相手の規模も、円の規模も、天夢が使う力も尋常ではない。
 円の内側の海面が波打ち、やがて、荒れ狂っていく。この「波打ち」は、海面だけではない。海中でも、その範囲の水流が荒れ狂っている。
 剣を海面に突き立て、手を離す。硬質の何かに突き刺したかのように、剣はそのまま、立っていた。
 天夢は印契を組み、小さく咒を唱える。
「トホカミエミタメ、カンゴンシンソンリコンダケン、ハライタマヒキヨメテタマフ!」
 千紗のトホカミ結界に反応し、海面に八卦盤が光る。
「祓い給え、浄め給え!!」
 気合いをかけた。
 八卦盤にそって海面が輝き、光が天に向かって迸る。
 その光に包まれ、大蛇が苦しむように身もだえした。直後、空に同心円が現れる。千紗のトホカミ結界だ。
 今回は、抑えた。
 そう思ったときだった。
 大蛇の首が満月に向く。そして、それぞれの口から、黒い球が吐き出された。
 大蛇の体が崩れる中、八つの黒球が、満月に命中する。
 陸の方から二つの黒球が飛来し、満月に呑み込まれた。
 空間がひび割れ、黒ずんだ虹の光がしみ出す。
「大空震……」
 天夢が呟いたとき、夜空が砕けていった……。


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