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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第86回   肆の三
 顕空では、二十一日金曜日の、午前一時だったんだ。
 それが冥空では、いきなり八月三十一日、夜十一時!
 ムチャクチャだ!!
 この間、十七日の夜に行ったときは、八月六日だった。で、こっちに帰って来て、メールが来た。会議を開くほどのことじゃないけど、千宝寺さんたちが、例の鎧武者の仲間と思しき存在と遭遇したってことだった。十八日に占法士の高谷さんが占断の結果を報告したそうだけど、「天地否の五爻(こう)」が出た、とかで、どうにも動けないっていう結論だった。
 いや、それは、関係ないと思う……けど。
 ……関係あるのかな?
 とにかく、こっちに来たら、もう、八月三十一日の夜十一時になってた!
 僕は家を飛び出し、街を走る。なんとなく、異様な何かが、空気中に流れどこかに集まっていくのが、感じられるんだ。その行く先を追っていると、やがて、海の方に出た。
 そして。
 海面が盛り上がり、現れた巨大な影。それは、
「八岐大蛇」
 高さは、二、三百メートルはあるだろうか。
 あれはマズイ。
 そう思っていたら。
「救世さん!!」
 声のした方を見ると、女学生姿の天夢ちゃんが、建物を屋根をジャンプ台のようにして、こっちに跳んできた。
「あたしが来た時は、二十七日の朝の十時だったんです! それが、いきなり……!」
 明らかに焦ってるのがわかる。
 その時、千宝寺さんが駆け寄ってきた。
 八岐大蛇を睨みながら、千宝寺さんが言った。
「私は、二十六日の正午だ。一体、何がどうなっているのか……」
 すると、背後から、地の底から響くような唸り声がした。
 僕たちがそこを見ると、体高二百メートルぐらいの巨体が起き上がり、咆哮を上げた。双頭の犬の怪物・オルトロス。ギリシア神話で、怪物ゲリュオンのもとで、その飼牛を護っていたとされる怪物だ。地獄の番犬ケルベロスとは、兄弟の関係にあるという。貴織さんが言ってた。
 どっちも、この間とは桁違いの大きさだ。もう、人間の戦いじゃなくなってる。
 そう思ったとき、勾玉が降りてきた。
 千宝寺さんがいるから、彼女に降りてくれれば……!
 でも、金の勾玉は僕、銀は天夢ちゃんに降りた。
「……!」
 その場にいる三人ともが、「なぜ」と思っているのがわかった。
 ちょっとだけ息を吐いて、千宝寺さんが言った。
「これは『世界』の選択だ。やむを得ん。私はトホカミ結界の準備をする。私の声は、お前たちに届くように、『念』を調律する。お前たちは、可能な限り、奴らの力を削いでくれ。奴らに結界が通用するかどうか、わからんが、やれるだけのことはやらねば……!」
 その言葉に頷き、僕と天夢ちゃんは勾玉を手にして、キーワードを発した。
「鎧念招身!」
「ヨロイ」をまとった僕は、天夢ちゃんに言った。
「オルトロスは僕が! 天夢ちゃんは大蛇(オロチ)を!」
 これは、怖いとかどうとか、っていう話じゃない。実力のある人が、強力そうな方を相手にするっていうのは、戦いの常道だと思う。
 天夢ちゃんも、それはわかってみたいで、頷いた。そして、
「経津主(フツヌシ)」
と、剣を呼んだ。
 剣を構え、左手に金属の短冊を手にして呪文を唱えた。
「謹請(きんじょう)! 招呼(しょうこ)・都牟刈(ツムカリ)!」
 短冊が銀色に輝く。その短冊を柄頭(つかがしら)に差し込むと、剣身が眩い銀色に輝いた。天夢ちゃんが八岐大蛇に向かうのを見て、僕もオルトロスに向かって行った。


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