顕空では、二十一日金曜日の、午前一時だったんだ。 それが冥空では、いきなり八月三十一日、夜十一時! ムチャクチャだ!! この間、十七日の夜に行ったときは、八月六日だった。で、こっちに帰って来て、メールが来た。会議を開くほどのことじゃないけど、千宝寺さんたちが、例の鎧武者の仲間と思しき存在と遭遇したってことだった。十八日に占法士の高谷さんが占断の結果を報告したそうだけど、「天地否の五爻(こう)」が出た、とかで、どうにも動けないっていう結論だった。 いや、それは、関係ないと思う……けど。 ……関係あるのかな? とにかく、こっちに来たら、もう、八月三十一日の夜十一時になってた! 僕は家を飛び出し、街を走る。なんとなく、異様な何かが、空気中に流れどこかに集まっていくのが、感じられるんだ。その行く先を追っていると、やがて、海の方に出た。 そして。 海面が盛り上がり、現れた巨大な影。それは、 「八岐大蛇」 高さは、二、三百メートルはあるだろうか。 あれはマズイ。 そう思っていたら。 「救世さん!!」 声のした方を見ると、女学生姿の天夢ちゃんが、建物を屋根をジャンプ台のようにして、こっちに跳んできた。 「あたしが来た時は、二十七日の朝の十時だったんです! それが、いきなり……!」 明らかに焦ってるのがわかる。 その時、千宝寺さんが駆け寄ってきた。 八岐大蛇を睨みながら、千宝寺さんが言った。 「私は、二十六日の正午だ。一体、何がどうなっているのか……」 すると、背後から、地の底から響くような唸り声がした。 僕たちがそこを見ると、体高二百メートルぐらいの巨体が起き上がり、咆哮を上げた。双頭の犬の怪物・オルトロス。ギリシア神話で、怪物ゲリュオンのもとで、その飼牛を護っていたとされる怪物だ。地獄の番犬ケルベロスとは、兄弟の関係にあるという。貴織さんが言ってた。 どっちも、この間とは桁違いの大きさだ。もう、人間の戦いじゃなくなってる。 そう思ったとき、勾玉が降りてきた。 千宝寺さんがいるから、彼女に降りてくれれば……! でも、金の勾玉は僕、銀は天夢ちゃんに降りた。 「……!」 その場にいる三人ともが、「なぜ」と思っているのがわかった。 ちょっとだけ息を吐いて、千宝寺さんが言った。 「これは『世界』の選択だ。やむを得ん。私はトホカミ結界の準備をする。私の声は、お前たちに届くように、『念』を調律する。お前たちは、可能な限り、奴らの力を削いでくれ。奴らに結界が通用するかどうか、わからんが、やれるだけのことはやらねば……!」 その言葉に頷き、僕と天夢ちゃんは勾玉を手にして、キーワードを発した。 「鎧念招身!」 「ヨロイ」をまとった僕は、天夢ちゃんに言った。 「オルトロスは僕が! 天夢ちゃんは大蛇(オロチ)を!」 これは、怖いとかどうとか、っていう話じゃない。実力のある人が、強力そうな方を相手にするっていうのは、戦いの常道だと思う。 天夢ちゃんも、それはわかってみたいで、頷いた。そして、 「経津主(フツヌシ)」 と、剣を呼んだ。 剣を構え、左手に金属の短冊を手にして呪文を唱えた。 「謹請(きんじょう)! 招呼(しょうこ)・都牟刈(ツムカリ)!」 短冊が銀色に輝く。その短冊を柄頭(つかがしら)に差し込むと、剣身が眩い銀色に輝いた。天夢ちゃんが八岐大蛇に向かうのを見て、僕もオルトロスに向かって行った。
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