七月十九日、水曜日、午後一時半。 興信所調査員の新田から、矢南徹明(やなみ てつあき)の調査を依頼した、依頼人のことを聞き、前日中にその依頼人・小金井奈帆(こがねい なほ)の自宅に赴いて、話を聞いた、上石津署刑事課の国見章由(くにみ あきよし)巡査部長は、遅めの昼食を摂りながら、思い起こしていた。
「なぜ、矢南さんの素行調査をご依頼に?」 国見の言葉に、奈帆は、少しだけ、息を溜めて答えた。 「仕事の事情です」 奈帆は、三十五歳。髪を長く伸ばし、その面差しからは、気の強さを感じる。だが、それは、どこか、そう見せかけているようにも感じられた。石毛と結婚する前は、帝星建設総務部広報課で、広報主任だったという。 奈帆は、しっかりと国見と富部純佳(とんべ すみか)巡査を見て言う。 「去年の秋に、自分の会社のシステムを、導入して欲しいと、言われました」 「……どこで?」 そもそも、どこで知り合ったか、確認の必要がある。一応、聞けることは全て聞いておかないとならない。 「あれは、確か……。建設するマンションか何かの、管理システムをどうするか、で、社がコンペを開いたときだった、と記憶しておりますが」 純佳が、手帳に、メモを取る。あとで、帝星建設の者に確認しよう。 「で、システムの売り込みに来た矢南さんのことを、どうしてお調べに?」 肝心なことだ。コンペに参加した一企業の社員を、どうして人を雇ってまで調べる必要があるのか。 「別に。広報時代からの知り合いでしたし、街でも声をかけられて、便宜を図って欲しいと。……最新プログラムで、他社に先駆ける自信があるとかなんとか。あまりにもしつこいので、信用のおける人物か、確かめておきたかっただけです」 「で、信用に足る人物でしたか?」 「いいえ。なので、近いうちに、父にお話しして、社としての対応を、考えてもらおうとしてたんです」
一応、筋は通る。 だが、矢南の勤める「I−イノベイティブ社」では、そのような新システムは知らないし、帝星建設の物件との、新規契約の計画もない、という。まあ、このあたりは企業秘密だろうが、もしそんなものがあったとしても、経営戦略課の課長補佐が、独断で動くものだろうか? そう、誰も矢南が帝星建設関係者と接触していることを、知らなかったのだ。 どうも、奈帆と矢南は、他人の目をはばかる、個人的な知り合いであったとしか思えない。これが佐溝充政(さこう みつまさ)殺しと、結びつくのか、それは、まるでわからない。まったくの無関係の可能性もあるが、どうにも引っかかるのだ。
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