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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第8回   壱の六
 本部は、臨海都市の上石津(かみいわづ)市の南部、芯岳(しんがく)区の南、海を臨む高台にある。ここ上石津市は人口九十万の、臨海都市だ。そして、芯岳区は最大の人口・商業集中エリアでもある。市役所はないけど。なお、僕が住んでいるのは、玄峰(げんぽう)っていう、市の北部エリア。ここから市電とバスを乗り継いで、四、五十分、かかるところだ。この時間、バスも市電もない。こんなときのため、本部近くに……と言っても、車で二十分ぐらいのところだけど……隊員専用の宿舎が用意してある。一応、隊とは(名目上)関係ない人が経営するアパートだけど、実際に住んでるのは、僕ともう一人だけ。そのもう一人も隊員だ。多分、ここのオーナーも、テイボウの関係者だと思う。確認した事はないけど。
 そこまで、千宝寺さんの運転する、隊の専用車で送ってもらう事になった。
「千宝寺さん」
「なんだ?」
 ちょっと、無愛想な感じの返事だけど、この人は誰にでもこんな感じだ。特別、僕だけに冷たいわけじゃない。
「僕、詳しい事、まだ、あんまり聞かされてなくて。いきなり冥空裏界の大正十二年界、ってところに行っちゃって、何が何だかわからないうちにテイボウで実働する事になって。この一週間、めまぐるしいばかりで」
 ウィンカーを出して、左折すると、千宝寺さんが言った。
「いきなり多くの情報を仕入れても、混乱するだけだろうから、要点だけ言う。おそらく佐之尾(さのお)主頭(チーフ)や、お前のおじいさま、御尊父から聞かされた事と重複するだろうが」
 と断って、千宝寺さんが話し始めた。
「今から、ちょうど百年前の一九二三年、大正十二年の九月一日に、『関東大震災』と呼ばれる大災害があったのは、知ってるな?」
「はい」
「実は、それが『何者か』によって引き起こされた『魔災(まさい)』であることが、後に明らかになった」
 それは小さい頃から聞かされてるけど、話の順序というものもあるから、僕は黙って聞いた。
「そして、それが実は『一部』でしかないこともわかった。一部、ということは、また同規模、あるいは、それ以上の大災害が起きる怖れがあるという事だ。そこで当時の術者たち……テイボウの前身となる組織が、ある術を施し、魔災の『待避空間』を作った」
「それが、『冥空裏界』の『大正十二年界』ですよね? 話だけは聞いていましたから、実際に行ったときには、本当に驚きました」
 最初は夢、いわゆる明晰夢の類いだと思った。その時に、佐之尾主頭……テイボウのリーダーに出会って、大雑把な事情を聞かされたんだ。
 頷いて、千宝寺さんが続ける。
「現界で何かが起こるとき、まず、霊界で発生し、それが幽界に来て、現界に現れる。だから、幽界の段階でそれを消滅させる事が出来れば、現界では何も起こらない。それを利用し、幽界の一部である冥空裏界に、『大震災前、約一ヶ月間の帝都』をコピーした、ある種の『ループ世界』である、大正十二年界で、魔災の種を潰せば、現界の東京で、何らかの大災害が起きる事はない。そのために、テイボウが組織され、長きにわたって、魔災の種を祓ってきた」
 それも、聞いたことがある。確か、「現在の東京の冥空裏界で同じことをしても、先々で発生するおそれは消えないから、そもそもの因縁の世界で行動しなければならない」とか。そして、若い頃の爺ちゃんが、テイボウの前身の組織「帝都浄魔連合」……帝浄連のメンバーだった事も。
「だが、二十年ほど前から事情が変わってきた。異様な魔怪が現れるようになったらしい。そして、そいつらによって、空間が震える『大空震』が引き起こされるようになった。占断を専門にする占法士の見立てで、『大空震』が蓄積すると、大災害が発生する事がわかった。そいつらが現れるのは、『八月三十一日』。まさに大震災が起こる前夜だ。だから、その日が、勝負の日だ」
「夏休みの宿題溜めて、最終日に徹夜する、学生みたいですね」
 思わず言ってしまってから、口を手で覆ったけど、遅かった。
 結局、アパートに着くまで、千宝寺さんは、何も話してはくれなかった。


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