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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第71回   参の九
 二人は、コミュニティ・ルーム……談話室に行った。
 江崎は宿直室から、コーヒーを、新はコーヒーを飲まないので、彼女にはカップだけを持ってくる。
 新は、カップにマイボトルから、お茶に似た、湯気の立つ液体を注ぐ。もう慣れたが、かなり強烈な、漢方薬に似た匂いだ。思わず呟いたことがあるが、最初はなんらかの毒ではないかとさえ思った。
 白倉家に伝わる、ある種の体質改善薬らしい。服用を続けると、「夏に熱がこもらず、冬に冷気に悩まされず」だとか、「体が軽く、頭脳が澄み切る」効果があるという。
 試そうと思えないほどの、強烈な匂いではあるのだが。
「ボクが大正十二年界に『行けなくなっている』間に、随分と面白いことになっているようだね」
 と、新は言った。
「面白いこと?」
 新は頷く。
「二十八日から、急に三十一日に繋がったり、人の、数字が入った名前に変化が及んだり。それに、あの時現れたのは、バビロンの大淫婦やケルベロスじゃなく、八岐大蛇にオルトロス。……なんらかの影響で、『数霊(かずたま)』が動いたとしか思えない」
「数霊……ですか……」
 江崎は、テイボウのメンバーではあるが、霊学といったことを深く研究しているわけではない。必要最低限のことはおさえているつもりだが、それでも、理解が追いつかないことだらけだ。
 まあ、数霊がどうの、というのは、正直わからないが、江崎自身も、何かが違ってきているのは感じている。自分たち以外の、こちら側の人間が向こうに行ったときの名前の変化もそうだ。これまでは、一字乃至二、三字程度の変化、あるいは、読み方が変わる程度だったのに、先日からアナグラム、カタカナへの変化といった、変化球が現れた。
「数霊は、世界の根本(こんぽん)の一つだ。それが動いたとなると……。何らかの異変が起きる前触れなのかも知れない」
「それは、魔災が起きる、ということですか?」
 自分でも緊張していくのがわかる。
 だが、新は首を横に振る。
「そこまでは、ボクにもわからないから、断言は出来ない。でも、もし、そうなら」
 と、新は一口、薬湯を飲む。
「救世くんが、なんらかの『鍵』じゃないかと思うんだ」
「救世くんが?」
 思いもよらない言葉だった。
「うん。この変化は、彼が実働部隊の一人として、活動するようになってから。そうじゃないかな?」
 江崎は、ふと思い起こす。
 二十八日が、突然、三十一日になってしまったのは、確かに彼が実働メンバーとして活動を始めてからだ。また、三十一日の夜に現れるのは、この二十年あまりは、ずっとバビロンの大淫婦とケルベロスだったのに、先日は八岐大蛇とオルトロス。また、大正十二年界の住人は、顕空現界側の、誰かと霊的因縁を持つ関係で、職業や履歴などが変わることは、時々あるが、名前が変わってしまったのは、江崎が知る限り、初めてだ。
 脳裏に、恐ろしい想像が浮かぶ。
「まさか、救世くんが魔災を引き起こす、とでも……?」
 もしそうなら、とんでもない存在をテイボウに引き入れたことになる。そもそも誰を、あるいはどのような人材をメンバーに招き入れるか、ということを観るのは、占法士の役目だ。現在の占法士である高谷清嘉は、確かにまだ若輩だが、先代の占法士である、彼女の母のお墨付きもある。また、心をメンバーに入れることについては、清嘉だけでなく、彼女の母、及び祖母も、占断したという。
 もろもろの事情で、清嘉に代替わりしたが、その母も祖母も、占断の腕は、まだ衰えていない、と、二人は自負しているという。
 新は首を横に振る。
「それはないと思う。だけど、彼が何らかの鍵であるのは、間違いないと思うよ? 確証はないけどね」
 そして、新はまた、薬湯を一口飲む。何かを考えるのか、しばらくカップの中を見ていたが、顔を上げ、新は言った。
「これは、ボクの思い込みの部分が大きいから、気にとめておく程度でいいけど。救世くんは、もしかしたら魔災を鎮める鍵になるかも知れない。もし、そうなら、出来る範囲でいい、彼をサポートしてあげて欲しい」
 そして、江崎を見る。
 その言葉の裏にある思いは、いかなるものか、彼女の表情からうかがい知ることは出来ない。このあたり、彼女の精神修養は、そこらの「大人」よりも、はるかに上だと思う。だが、微妙な目の動きから、なんとなく、感じることが出来た。おそらく、江崎と同じだろう。
 歴戦の猛者ならともかく、ずぶの素人である新人に、すべてを任せねばならないというのは、自殺行為同然ではないか? 新は、これまで、毎回ではなくとも、三十一日の夜に立ち会い、何度か、大淫婦や、ケルベロスを屠ってきた。その自分ではなく、新人に命運の鍵があるということに、いかなる思いが、その胸に去来していることか。
 そう思っていると、新は、持参した、通常よりも長く大きい竹刀袋を見て言った。
「ボクの大光世、実は、ある種の『チューニング』をする必要が出てきたんだ」
「チューニング?」
「うん。これまでもボクの霊力の成長に合わせて、こまごまと調整はしてきた。でも、今回はそれとは違う。いうなれば、『スペックアップ』なんだ。それはつまり、これまでと同じでは、対応できない敵が現れる。それを示しているんじゃないかな?」
 彼女の表情には、ちょっとした緊張があった。彼女でさえ、何か未知の事態が迫っていることを感じて、不安に思っている。
 そう思うと、江崎も心身を引き締めねばと思うのだった。


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