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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第70回   参の八
 七月十七日、月曜日、午前七時五十分。
 江崎は、例の如く、テイボウの本部に泊まっていた。
 朝食を終え、後始末をした後、宿直室でコーヒーを飲みながら、新聞を読む。
 その時、チャイムが鳴った。こんな朝早くに、誰だろう、と思って、インターフォンのモニターを見る。
 白倉新(はくら あらた)だった。
「白倉くん、どうしましたか?」
『ちょっと、話しておきたいことがあるんだ。いいかな?』
 新は、まだ高校二年生だが、テイボウとしてのキャリアは江崎よりも長い。その彼女が「話しておきたい」ということは、何か、重大なことかも知れない。
 ロックを外し、新を招じ入れる。クリムゾンの長袖のブラウスの袖を肘のところまでまくり上げ、レモンイエローのネクタイをしめている。白いプリーツスカートにあるのは、赤と青のオーバーチェック。黒いオーバーニーソックスに、ブラウンの革靴。ブラウスの左胸には、「UA」をシンボライズした学年章がある。
 市の北東部、宙院(ちゅういん)にある、私立鼎?女子大学付属女子高等学校の制服だ。宙院には市電の駅があるが、それでも、ここから片道で二、三十分は、かかる。ちなみに、この宙院は古書などを見ると「紐院(ちゅういん)」あるいは「紐寅(ちゅういん)」などと書かれてある。それが「宙院」という字になったのは、昭和の中頃らしい。古くは近くに「大宙(おおそら)」や「控えの院」という地名の地区があり、行政区を整理する段階で、それらを取り込んだ結果、「宙院」という字が当てられたらしい。
 江崎は新を見て言った。
「こんな時間にここにいたら、学校に間に合わないでしょう。いいんですか?」
 その言葉に、新は、いつものような不敵ともいえる笑みを浮かべて、答えた。
「この間まで『病気』で『入院』してたんだ。また、体調を崩して、遅刻するぐらい、不自然じゃないさ」
 先日まで白倉本家へ帰っていたことは、「病気で入院していた」ことにしたらしい。
 詳しい事情は知らないが、彼女が冥空裏界、及び、この顕空現界で「武器」として使っている「大光世(だいこうせい)」を、なんらかの事情で調整することになり、彼女は遠方にある「白倉本家」へ帰った。その際、大光世を預けっぱなしという訳にはいかないらしく、微調整のために「白倉本家」に、しばらく逗留しなければならなかったそうだ。
 冥空で武器として使う、というのはわかるが、この顕空においても、武器として扱う、というところに、この白倉新という少女の、規格外が感じられる。
 大光世だが、有り体に言って、実用可能な太刀だ。それに、どう考えても、正規の登録証が発行されているとは思えない。元刑事の身としては、刀剣不法所持が気になるが、そのあたりの問題はクリアされているらしい。「白倉本家」は、裏清華(うらせいが)の一つだという。裏清華は、かつて、太政大臣(だじょうだいじん)に連なるとされた、清華(せいが)九家の影にあって、政(まつりごと)を司っていたといわれる。太政大臣といえば、今の内閣総理大臣と、ほぼ同格だ。どのような力学が働いているか、想像しない方がいいかも知れない。それに、もう自分は刑事ではない。
「それに、ボクは理事長の孫だしね」
「そういうのを、職権濫用というのです」
「大丈夫。座学、実技、実習。全てにおいて、ボクは実力を示しているから、誰も何も言えないさ」
 非常に危険な発言だが、彼女は、幼少時からの修行により、心身の錬磨、ことに心の修養という点においては、まさに大人(たいじん)の気風がある。たまに、だが、彼女は喩えではなく、本当に地獄すら見たのではないか、と思うことさえある。
 つまりは、彼女の発言は「驕慢(きょうまん)」ではなく、己に対する「絶対信」から来るものだ。


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