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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第67回   参の五
 ここ中央西区は、もとは中央町(ちゅうおうまち)というエリアの中の、中央西という位置づけ、および名称であった。二十年以上前、近隣町村と合併して区制が導入された折、中央町自体が広範囲にわたっていたため、「中央西区」として分離されたという。
 七月十六日、日曜日、午後九時。
 梓川貴織(あずさがわ きおり)は、ここ中央西区にある占い専門店「フォーチュナー・ハウス」専属の占い師だ。
「フォーチュナー・ハウス」は、テナントビルの一階にある、六十平米ほどの店舗だ。タロットカードやペンデュラム、その他、筮竹・算木といった占いグッズを販売しているほか、毎週土曜日の午後、公民館やコミュニティセンターで、専属占い師を講師にした占い教室を開き、また、夜間は、ここで午後六時から午後九時まで、ある種の当番制で「占いコーナー」も設けている。
 貴織は、ここの店員であり、また、毎週水・木・金・日で、タロット占いを担当している。最近では、地元ミニコミ誌で占いコーナーの連載を持つことも出来た。
 午後九時。占いを求める客もおらず、この日の営業は終了となった。
「お疲れ」
 と、店のオーナー、桐島益恵(きりしま ますえ)が言った。口にくわえているのは、禁煙用のパイプ。メントールフレーバーが好みだという。
 貴織よりも一回り以上、上の彼女を、貴織は、彼女自身が一人っ子だからというわけでもないと思うが、姉のように慕っていた。
 着替えるために、ロッカールームへ向かう貴織を見て、益恵は言った。
「……なんとなく、そう見えるから聞いてみるけど。もしかして、吹っ切れたかい?」
 その言葉に、貴織は立ち止まる。
 その立ち姿だけで、益恵は見抜いたらしい。
「そうか、見た感じは、だいぶ、立ち直ってきたように思えたけど。……仕方がないっちゃあ、仕方がないけどさ。あと、あんたの性格だろうから『気にするな』っていうのも無理かも知んないけど。いちいち気にしてたら、この商売、やってけないよ?」
 その言葉に頷き、貴織は再び、ロッカールームへ向かった。ロッカールームで、白いブラウスに、紺色のサマージャケット、ベージュのタイトスカートに着替えると、コンタクトレンズを外した。ここでは、演出の関係上、コンタクトレンズをはめている。周囲からは「普段からコンタクトにしてればいいのに」といわれるが、貴織は普段は眼鏡にしている。なんとなく、だが、コンタクトをはめることで、自分の「中」が「占い師モード」に切り替わるような気がしているのだ。
 ショルダーバッグを取り、ロッカーの戸を閉める。
 益恵のせいではないが、「あのこと」が、克明に思い出された。
 毎日のように思い出す、「あのこと」。
 澱(おり)のように沈んでいながらも、時折、何かが心をかき回して、心の中に充満する「あのこと」。
 思い出しても、どうにもならない、過去の話、後悔、傷。


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